【第14回】あなたは本田宗一郎の補佐役になれるのか?ミドルが経営を変える(2/2 ページ)

» 2009年02月10日 08時45分 公開
[吉村典久(和歌山大学),ITmedia]
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 図にあるように、補佐役には「補完」、「(狭義の)補佐」、「てこ」の役割が求められる。いかに優れたリーダーといえども限界がある。それをうまくフォローするのが補佐役である。

 本田宗一郎は天才技術者と呼ばれた。しかし、会社の経営管理にかかわる業務はとんと苦手であり、それに割く時間もなかった。本田技研が産声を上げた戦後当時の二輪車市場は、数多の会社が技術開発にしのぎを削る熾烈な競争の場だった。その熾烈な競争を勝ち抜くには、宗一郎が先頭に立って技術開発を指揮せざるを得なかった。そのため宗一郎の補佐役だった藤沢は、金融機関とのやり取りなどを含め経営管理にかかわるあらゆる業務を一手に引き受けた。宗一郎は会社の代表取締役社長の印鑑に一度も触れたことがなかったという。また、宗一郎が「世界一の車屋になりたい」と口にするのを、きちんと檄文の形にまとめ上げ、宗一郎の熱い思いを社内外に適切に伝えたのも藤沢だった。

経営者にモノ申すことができるか

 こうした役割のみならず、藤沢の補佐役としての功績とされるのが、宗一郎に対する「諫言」を行った点だった。例えば、1970年代の米国での排ガス規制、いわゆる「マスキー法」にかかわる一件があった。その規制をクリアするために宗一郎が主張したのは、空冷式エンジンの開発だった。徹頭徹尾、その採用を主張し自説を曲げない宗一郎に対して、自らは技術については不得手といえども、若手技術者の声に耳を傾け、若手の提案である水冷式エンジンの採用を直談判したのはほかならぬ藤沢だったとされている。この直談判は実を結び、後に世界で初めて規制をクリアしたエンジン「ホンダCVCCエンジン」が誕生することとなった。

 企業組織の階層の上にいるリーダーほど大きな権力を握ることとなる。こうした権力がリーダーの暴走や腐敗の温床となりがちなのは、あらためて記すまでもなかろう。独断的な判断で会社を存続の縁にまで追い込む、あるいは陥れてしまった経営者は後を絶たない。自らの上役にモノ申す、あるいは経営者に直接にモノ申せる立場にある人物に対して、現場の情報、意見や異見をきちんと伝える努力をすることが重要だ。

 補完、(狭義の)補佐、てこといった役割も重要である。そうした役割をそれなりに、あるいは十分に果たしていると自負するミドルは少なくないだろう。しかし、「諫言」となるとどうだろうか。非組合員を含めた従業員の異見を労働組合が代弁する。こうした労組の機能は相当に低下しているように思われる。

 「心して、それをやってきたか?」。心あるミドルならば、自問自答すべきではなかろうか。


プロフィール

吉村典久(よしむら のりひさ)

和歌山大学経済学部教授

1968年奈良県生まれ。学習院大学経済学部卒。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。03年から04年Cass Business School, City University London客員研究員。博士(経営学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専攻は経営戦略論、企業統治論。著作に『部長の経営学』(ちくま新書)、『日本の企業統治−神話と実態』(NTT出版)、『日本的経営の変革―持続する強みと問題点』(監訳、有斐閣)、「発言メカニズムをつうじた経営者への牽制」(同論文にて2000年、若手研究者向け経営倫理に関する懸賞論文・奨励賞受賞、日本経営倫理学会主催)など。


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