個々の最適は、必ずしも全体の最適ではない間違いだらけのIT経営(2/2 ページ)

» 2009年03月23日 07時45分 公開
[増岡直二郎(nao IT研究所),ITmedia]
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全体最適を追求した結果……

 一方、情シス部門あるいはプロジェクトチームの立場はどうか。ERP導入のプロジェクトリーダーには情シス部門のB部長が就任した。B部長は元々情シス部員だったが、情シス部門とライン部門の人事交流の一環として3年間営業実務を経験したことがある、理想的な情シス管理者だった。

 B部長は、ユーザー部門と密接なコンタクトを行う、あるいは情シス部門やプロジェクトチームのマイペースを排するという基本的立場から営業の要望に充分耳を傾けた結果、自身の営業実務経験から売り上げ管理を事業部に移すことは実務が伴わず形式に終わると思えた。かたや、ERP導入の本来の目的である業務改革を推進し全体最適を図るという別の観点から、ある段階でユーザーの意見を切り捨てなければならないとも考えた。

 B部長は熟慮の結果、後者の立場を取った。情シス部門とプロジェクトチームの立場に忠実になればなるほど、業務改革と全体最適という理念と方針に従うべきだと判断したからだ。

 当然、営業と情シス部門およびプロジェクトチームは対立する構図となった。それぞれが己の立場に忠実になるほど、合成の誤謬を生み深刻になる。仮にBが営業の主張通りに売り上げ管理の移管を認めない立場を取ったとしたら、営業と情シス部門、プロジェクトチームの考え方が一致し、全体最適のための業務改革から乖離していくことに歯止めをかける部署がなくなってしまうため、やはり合成の誤謬が深刻化する。

上層部でも意見が食い違う

 次に問題になるのは、経営トップ、CIO(最高情報責任者)、役員の三つどもえの関係である。A社のトップCは、ITに理解があった。ERP導入の方針も明確に打ち出していた。要所要所では関与したが、基本的にCIOに権限を委譲した。Cは情報の一元化に関心を持ち、売り上げ管理の移管や営業プロフィットセンターには関心を示さなかった。設計部門出身のCは、むしろ設計部門がプロフィットセンターとしての全責任を持つべきだという持論を日ごろから持っていた。

 CIOのD取締役は、ERP導入によって情報一元化のための業務プロセスの改革、営業の受注管理重点への移行、全体最適を図るという本来の目的遂行を至上命題としていた。役員の中でも特に営業管掌役員、経理担当役員らは、全社的見地から業績管理を考えたとき、A社伝統のプロフィットセンターを自負していた営業の機能の一部がもぎ取られることにより、業績に対する責任部署が散漫になることを憂慮した。

トップが確固たる信念を持つべき

 このように、トップ、CIO、役員が各々の立場に忠実であるほど、3者間でベクトルが合わなかった。これに情シス部門と営業の対立が加わり、合成の誤謬はますます深刻化する。これでは、IT導入はうまく行かない。どうすれば良いのか。合成の誤謬を修正するのは、トップしかいない。トップが確固たる信念を持って明確な方針を示し、リーダーシップを発揮しなければならない。

 A社の例で考えると、トップは第一にERPパッケージ導入による情報の一元化、業務改革、営業の受注重点指向を急ぐとともに、全体最適を目指すために何があっても揺らぐことなく、プロフィットセンターを設計に集約するという方針を明確に打ち出す、あるいは営業の機能を維持するなら営業と調査部との機能分担を明らかにするなどの姿勢を示し、合成の誤謬を強制的に修正するのだ。それは、トップにしかできない。


プロフィール

増岡直二郎(ますおか なおじろう)

日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。



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