危機を乗り切るために経営者がすべきこと――スズキ社長に学ぶ問われるコーチング力(2/2 ページ)

» 2009年04月15日 07時30分 公開
[細川馨(ビジネスコーチ),ITmedia]
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乗用兼商用の軽自動車

 社長就任時、アルトの開発は既に進んでいた。年内の発売を予定していたが、開発中の車を見てもピンとこなかった鈴木社長は、発売を1年間延期した。当時は軽自動車の売れ行きが落ちていて、軽自動車の時代は終わったとさえ言われていた。しかし、軽自動車で工場に通勤してくる従業員に乗車する理由を聞いてみたところ、思いもよらないヒントがあった。当時の社員は普段は工場に働きに来て、休日は家の近くで農業をやっている人が多かった。作った野菜を市場に出荷するときに、荷台のある軽トラックだと便利だということである。

 鈴木社長はそこから、「乗用と商用の兼用車」というヒントを得て、アルトをあえて「乗用車」のカテゴリーに入れず、「商用車」として売り出すことにした。アルトは一見乗用車に見えるが、内部には荷物を置くスペースが広く取られている。つまり、乗用、商用兼用の仕様になっているのだ。さらに、技術部門が努力し35万円でつくって利益が出る車を開発し、当時は地域ごとに価格がバラバラだったところを全国一律47万円で発売した。

 このような努力のかいもあり、アルトの注文台数は発売1カ月で8400台、2カ月目には1万台にも上り、その後も好調を維持した。それに歩調を合わせるように軽自動車市場も復活を遂げ、現在では日本の新車市場の3分の1を占めるまでとなり、販売台数は年間200万台近くに達している。

 ここで言えることは、厳しいからあきらめよう、ピンチだからやめようと考えるのではなく、ピンチをチャンスと考え、新しい発想を取り入れるという視点を鈴木社長は持っているということである。どんな工夫をすれば売れるものができるのか、とことん考え、努力しているのである。

社長自ら乗り込み、誠意を伝える

 2点目は、「重要な案件には経営者自らが足を運び、断られてもあきらめない」ということだ。スズキは日本の自動車メーカーの中でいち早くインドに進出している。もともとインドでは「Aセグメント」という日本の軽自動車サイズの車の需要が高く、2007年には全体の47.6%を占めている。そのうちスズキのシェアは50%を超えている。

 インド進出は偶然のたまものだという。1982年にパキスタンに出張した社員が、Air Indiaの機内で読んだ現地の新聞に「インド政府が国民車構想のパートナーを募集」という記事があるのを目にし、それを鈴木社長のところに持ってきた。すぐに政府に申し込んだものの、既に募集は締め切られていたため、一度は断られた。しかし「セールスは断られてからが勝負」と現地に社員を派遣し、再度インド政府に届け出たのである。残念ながら2回目も断られたのだが、3回目の届出で補欠として認められたのだ。

 その後、忘れかけていたころにインド政府の調査団が来日するという連絡が入った。重要な案件で米国に出張する予定があって時間がなかった鈴木社長は、空港に行く前の時間をやりくりし、調査団が泊まっている帝国ホテルを訪問、30分の予定をオーバーし3時間話し込んだという。

 出張から戻ったときに、前日に発つ予定だった調査団はまだ日本にいた。彼らは他の日本メーカーとも交渉をしていた。しかし、他のメーカーの社長や会長は最初の10分くらいの雑談には応対したものの、いざ具体的な話になると部屋を出ていってしまったそうだ。真剣に話をしたのは、鈴木社長だけだった。これをきっかけにスズキのインド市場への進出が決まったのである。

 このような経験に基づき、鈴木社長は、いざというときには、トップが直接乗り込み、本気であることを真剣に伝えることが大切だと述べている。

 鈴木社長は「スズキは浜松の『中小企業』だ」と言ってはばからない。1981年に米General Motors(GM)と提携をした際、多くの記者からスズキはGMに飲み込まれてしまうのではないかと指摘されたそうだ。そのとき、鈴木社長はこう言った。


「GMは鯨、スズキは蚊。鯨に飲み込まれずに高く舞い上がれる」


 それから、27年後の2008年11月、資金難に陥ったGMからの要請を受けて、同社が保有していたスズキの株式を買い取ったのは記憶に新しい。

 鈴木社長の経営手法は、この時期だからこそなおさら、リーダーに見習って欲しいエッセンスがたくさん詰まっている。ぜひ見習ってもらいたい。


「問われるコーチング力」の過去記事を読みたい方はこちら




著者プロフィール

細川馨(ほそかわ かおる)

ビジネスコーチ株式会社代表取締役

外資系生命保険入社。支社長、支社開発室長などを経て、2003年にプロコーチとして独立。2005年に当社を設立し、代表取締役に就任。コーチングを勤務先の保険会社に導入し、独自の営業システムを構築、業績を著しく伸ばす。業績を必ず伸ばす「コンサルティングコーチング」を独自のスタイルとし、現在大企業管理職への研修、企業のコーポレートコーチとして活躍。日経ビジネスアソシエ、日経ベンチャー、東商新聞連載。世界ビジネスコーチ協会資格検定委員会委員、CFP認定者、早稲田大学ビジネス情報アカデミー講師。



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