【第24回】便所掃除だからこそ意味があるミドルが経営を変える(2/2 ページ)

» 2009年07月23日 07時30分 公開
[吉村典久(和歌山大学),ITmedia]
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「掃除道」4流派

 村山教授は掃除を通じて企業経営をより良きものにしようとする方法を「掃除道」と呼び、代表的なものとして4つの流派を挙げている。分類の基準となっているのは、互いの人間関係や影響関係である。

「掃除道」の4流派(出典:村山[2008]) 「掃除道」の4流派(出典:村山[2008])

 第1は、イエローハットの創業者である鍵山秀三郎氏を「教祖」とする会社や人々である。鍵山氏は掃除にかかわる著書が何冊もあり、企業経営のみならず生活全般にとっての掃除の重要性を説き続けている。この流派には、前回の連載で取り上げた「日本を美しくする会」に参加するものも含まれる。「かんてんぱぱ」、そして人間尊重の経営で最近注目を浴びることが多い伊那食品工業もこれに分類されている*6。同社の経営者である塚越寛氏と鍵山氏との人間関係に濃いものがあるためとされている*7

 第2は、ダスキンの影響を受けたものである。第3は独立派であり、第4は掃除を通じて家庭や人生の問題も解決しようとする人々を支援する集団である。独立派に属するホンダクリオ新神奈川は始業前の掃除で業績を向上させ、日産のカルロス・ゴーン社長が視察に訪れたことで有名となった。

なぜ便所掃除に取り組むのか

 第1の流派に分類される東海神栄電子工業の従業員や役員を対象にインタビュー調査などを実施したのが前述の大森准教授である。同社の田中義人社長は、鍵山氏の一番弟子とされる人物である。大森准教授は、経営者自身の考える掃除活動が生み出す効果ではなく、実際に掃除活動――特に好んではやりたくない便所掃除――に取り組んでいる従業員の本音を探り出そうとしている。

 大森准教授の研究、それに基づく加護野教授の研究では、掃除、特に便所掃除が経営成果に及ぼす影響に関して2つの経路があるのではないかとの主張がある。

便所掃除の直接的・間接的効果 便所掃除の直接的・間接的効果

 まずは直接的な経路である。掃除によって職場がきれいになる、きれいな職場であれば気分良く仕事に取り組める。プリント基板製造を業としている東海神栄電子工業では、清掃が行き届いているため同業他社と比べて不良比率が格段に低く設備も長持ちする。

 ただし、トイレという場所で従業員が過ごす時間はごく限られている。重要なのは、もう1つの間接的な影響である。便所掃除が従業員の気持ちに影響を及ぼし、それを媒介にして良い経営成果につながるという。

 具体的にはいくつかの理由がある。1つは、できることなら避けたい便所掃除に経営者が自ら取り組むことで信頼感が向上する。便所掃除を経営に取り入れている会社のほとんどは、経営者が率先して、社内に広めようとしている。鍵山氏の場合も、最初は一人で始め、10年ほど経って感化された一部の従業員が加わり、20年もすると全従業員が参加するようになったという。気が進まない作業に経営者が率先して取り組むことは、会社経営に対して抱いている熱意を社内に伝えることにつながる。これは経営者への信頼を強化する。この状況をつくれば、経営者はリーダーシップを発揮しやすくなる。

 もう1つは、便所掃除そのものは個々人の能力に大きく依存するものではなく、やる気さえあればやり遂げられるものであり、少しの工夫で見事な成果を上げることができる。やり遂げた成果は誰の目にも一目瞭然であるため、各人は充実感を持つのである。逆に誰にでもできる便所掃除がおざなりなものであれば、仕事への熱意を疑わせる情報となる。仕事への熱意を測るバロメーターとして便所掃除が機能するのである。

 加えて、便所掃除を徹底することが、掃除一般の段取りのみならず、職務規律の習慣付けにもつながる。掃除をきちんとすることがほかの仕事の段取りや規律を守ることにつながるのである。

 便所掃除が企業経営にもたらす影響についての研究は、端緒についたばかりである。ここで触れた研究もまだまだ、仮説段階のものである。しかし、掃除に代表される「ささいなこと」や「小さなこと」がもつ効果、特に間接的な効果については、真剣に考えてみる値打ちがあることを教えてくれるのではなかろうか。


*6 塚越寛[2009]『リストラなしの「年輪経営」』光文社。また、ベストセラーとなった以下でも取り上げられている。坂本光司[2008]『日本でいちばん大切にしたい会社』あさ出版

*7 鍵山秀三郎・塚越寛[2008]『幸福への原点回帰』文屋




プロフィール

吉村典久(よしむら のりひさ)

和歌山大学経済学部教授

1968年奈良県生まれ。学習院大学経済学部卒。神戸大学大学院経営学研究科修士課程修了。03年から04年Cass Business School, City University London客員研究員。博士(経営学)。現在、和歌山大学経済学部教授。専攻は経営戦略論、企業統治論。著作に『部長の経営学』(ちくま新書)、『日本の企業統治−神話と実態』(NTT出版)、『日本的経営の変革―持続する強みと問題点』(監訳、有斐閣)、「発言メカニズムをつうじた経営者への牽制」(同論文にて2000年、若手研究者向け経営倫理に関する懸賞論文・奨励賞受賞、日本経営倫理学会主催)など。



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