今回の大会は10月にニューデリーで行われるコモンウェルスゲームズ(4年に1度、イギリス連邦に属する国が参加する総合競技会)のプレ大会ということで、とてもセキュリティチェックが厳しく、至るところに警官や軍の兵士が銃を構えていました。ですから、われわれはホテルと会場の往復だけで、それ以外のところには勝手に行くことができません。しかし、そんな中、貴重な体験をすることができました。
ある選手が試合後、マットにあおむけになったまま起き上がれなくなりました。直ちにマットに駆け上がると、選手は強い痛みで過呼吸状態に陥っています。意識などに問題ないことを確認して「大丈夫だよ」と声を掛けながら落ち着かせると、鎖骨のあたりに強い痛みを訴えます。一見、骨折や脱臼はなさそうと判断しましたが、念のためレントゲンで確認することにしました。
大会組織委員会が手配してくれた救急車に選手と一緒に乗り込みました。すると、インドの救急車にびっくり。とても汚くて、ここで治療したら病気が悪化しそうな雰囲気で、おんぼろ車のためにすごい振動です。車内は冷房もなく、窓を開けたら40度の熱風が吹きつけてきたので、あわてて窓を閉めました。
病院に到着しレントゲン室に入ったら、ここも物置小屋のよう。改めて日本の医療水準の高さを実感しました。幸い、骨に異常はなく選手の痛みもだいぶひいてきました。そこでインドの偉そうな大先生が登場し、入院病棟に運ばれ、「VIP」と書かれた個室に案内され、「念のため安静が必要だから明日の朝まで入院しなさい」というのです。おそらく、外国からのゲストにきちんと対応しなければという善意だと思いますが、「自分はドクターだから何かあったら責任を持って対応する」という旨を話して、何とか帰らせてもらうことになりました。
帰りの救急車では、少し元気になった選手と一緒に観光気分を味わいました。救急車は今までまったく通らなかった路地を走り、ものすごい人ごみや、馬車の馬小屋、道を歩く象など、まさにインドを堪能することができました。
会場に戻ると、「観光できて良かったじゃないか」とコーチにからかわれた選手でしたが、ドクターの立場では、今日の試合に出場するのはちょっと無理だと思いました。しかし、「骨に問題ないのであれば、ここで痛みをこらえて戦うことが必ず将来の成長につながる」という高田団長の言葉によって、選手もその気になり奮起し、見事銅メダルを獲得しました。
「やはりドクターよりも経験者の見立てのほうが正しいな」と納得し、オリンピックチャンピオンの偉大さを改めて感じたのでした。
以前のコラムでも述べたように、医学の常識が必ずしもスポーツの現場で当てはまらないことだってたくさんあります。今回のインドでも多くを学びました。
世界を駆け回るドクター小松の連載「スポーツドクター奮闘記」、バックナンバーはこちら。
小松裕(こまつ ゆたか)
国立スポーツ科学センター医学研究部 副主任研究員、医学博士
1961年長野県生まれ。1986年に信州大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センター内科研修医、東京大学第二内科医員、東京大学消化器内科 文部科学教官助手などを経て、2005年から現職。専門分野はスポーツ医学、アンチ・ドーピング、スポーツ行政。
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早稲田大学商学学術院教授
早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授
株式会社CEAFOM 代表取締役社長
株式会社プロシード 代表取締役
明治学院大学 経済学部准教授