「匠の技」の過信はナルシズムかナショナリズム――工学博士の木村氏(1/2 ページ)

ソリッドワークス・ジャパンが開催したユーザーイベントの基調講演を務めた工学博士、木村英紀氏は、日本の製造業の未来について、不安を込めてこう切り出した。

» 2010年10月15日 16時42分 公開
[怒賀新也,ITmedia]

 「日本の技術開発の枠組みが現代技術の地殻変動に追いついていない」

 CAD/CAEソフトウェアを提供するソリッドワークス・ジャパンが10月13日に開催したユーザーイベント「SolidWorks World Japan 2010」の基調講演を務めた工学博士、独立行政法人理化学研究所 理研BSI-トヨタ連携センターのセンター長、木村英紀氏は、日本の製造業の未来について、不安を込めてこう切り出した。

著書『ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる 』で知られる木村英紀氏

 木村氏は世界における日本の製造業の地位が著しく低下していると指摘。DVD、カーナビ、太陽光発電パネルなど、日本のお家芸だった産業において、1990年代後半に80%近くあったシェアが20%ほどになっているものもある。

 この中で木村氏が注目しているのは、半導体の製造装置の分野だ。オランダのASMLが、異なる製品間で露光装置を使い回せる共通モジュールの考え方を取り入れ、急速に伸びている。レンズにはこだわらず日本製を使うこともあり「とにかく組み立てることに専念」している。

 「日本のメーカーの場合、露光装置がそれぞれ違うため、毎回作り替えないといけない」(同氏)。その分、時間もコストもかかるため、競争力に劣ってしまうという。

 日本も手をこまねいているわけではなく、国の総予算が横ばいの中で、1989年から一貫して科学技術予算は増加している。だが、その効果が出ているとは言い難い。資本金10億円以上の日本企業へのアンケートで、日本と米国のものづくりのどちらが優位な立場にあるかを聞いたところ、なんと24業種中21の分野を「米国優位」とする回答が占めた。

 「企業の現場感覚において日本は強くないことがはっきり分かる」(同氏)

 原因として木村氏が挙げるのは「日本の技術開発の枠組みが現代技術の地殻変動に追いついていない」という視点である。つまり、日本における技術革新の方向性に誤りがあったという考え方だ。

 「ハードからソフト、要素からシステム、ものからことへ軸足が移動している。実は、まだまだ“左側”への考え方が強い」(同氏)

 「ものづくり」はそれぞれ個別の世界に専念できるという意味で比較的単純だが「ことづくり」をするためには異なるさまざまな要素をうまく組み合わせる必要があるため、複雑性が増すという。必ずしも性能が良いものが受け入れられるわけではなく、多様な価値観が絡み合ってくる。そのため「見えないものを見る努力をしなくてはいけない」という。

 日本の将来を見据え、木村氏は日本人が持つ常識にもメスを入れる。

 「日本人の美学の1つといえる“匠の技”についても、その時代に海外ではどんなものがつくられていたのかなどを考え、常に相対的な見方をしなくてはいけない。さもないと、匠への傾倒はナルシズムかナショナリズムになってしまう」

 江戸時代は、造船、鉄砲などものづくりのさまざまな分野で改良などが許されなかった。つまりイノベーションとは無縁の世界であったことになる。職人芸への意識が強いため、システム化の考え方が根付かなかった。しかし、現代に求められているのはイノベーションであり、それはシステム化を前提にしている。

 日本にシステム技術が育たなかった理由として、同氏は次の要素を掲げた。

  • 科学技術の予算増によって社会への説明責任が増大した
  • 上記により、マスコミ向けの研究が増えた
  • 企業が研究に即効性を求めるようになった
  • 縦割り社会であるため技術者は処遇と認知を得られない
  • 技術者の奥深い思考力が減少
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