「目立つ人間だけがリーダーではないのだ」 東レ・橘物流部長リーダーシップと実現力(2/3 ページ)

» 2011年02月17日 08時00分 公開
[伏見学,ITmedia]

突然の異動命令、物流部へ

 海外ビジネスの経験を積んだ橘氏は、2000年12月にトーレ・レジン・アメリカ社の社長に就任。その後も海外に軸足を置いてキャリアを築いていくかに思われた。ところが、2006年4月、突如日本への帰国を命じられ、購買物流部門の物流部長に。「入社して26年間、営業一筋だった人間が物流部に異動するというのは、東レの長い歴史の中でも初めての出来事だった」と橘氏は振り返る。

 今でこそ東レの物流部門といえば、製品および原料の輸出入における地方港の活用や共同輸送の実施によって、輸送費を数億円、二酸化炭素(CO2)排出量を数万トン削減するなどして社内外から注目を集めているが、橘氏が異動した当時は、「社内でも日の目が当たらず、どちらかといえば雰囲気の暗い部だった」という。そこに改革のメスを入れたのが橘氏であり、2007年度には東レの創業以来初となる物流部単独での社長賞を受賞した。

日が当たらず暗い存在だった

 では果たして、橘氏はどのような改革を行ったのか。何よりも率先して取り組んだのが、物流部門全体の暗いムードを明るくすることだった。東レでは、これまで橘氏が席を置いていた営業部や研究・技術開発セクションなどが花形部門であるのに対し、物流部門はあくまで裏方として、社内では目立たないステータスの低い存在だった。多くの物流部員はそうした部門で長年働いていたため、自然と表情や性格が暗くなってしまっていたという。特に橘氏は米国帰りということもあって、そのギャップの大きさに驚くとともに、何としてでもこの部の風土を変えなくてはならないと心に強く誓った。

 異動して間もなく、物流部門のメンバー全員を前にして、橘氏は「今年は物流部の社内外のステータスを上げるために、私は全力を尽くす」と宣言した。

 社外活動においては、2006年に日本化学繊維協会 物流専門委員会で委員長を務めるとともに、日本経団連の運輸・流通委員会物流部会メンバーに加わった。自らが広告塔になり、東レ・物流部門の取り組みを積極的にアピールした。そうした活動が功を奏し、2007年からは国土交通政策研究所のアドバイザーにも就任している。

笑顔みなぎる物流部

 社内においては、部門の雰囲気を一新するため、「笑顔みなぎる物流部」を標語に掲げた。「笑顔のない職場では良い仕事はできない。とにかく笑顔が重要だということを部下に繰り返した」と橘氏は話す。

 その徹底ぶりはすさまじいものがある。定例の管理職会議において課長および課長代理に、耳にたこができるほど毎月言い続けたほか、管理職の人事評価にも「部下の笑顔の質と数」を組み込んだ。

 物流部では年に2回、橘氏と4人の課長が目標管理のすり合わせを行っているのだが、100点満点のうち課長自身の直接的な仕事ぶりに対する評価は50点しか配分しない。残りのうち、25点は部下の笑顔で評価する。最も良い課が25点、2番目が20点、3番目が15点、4番目が10点となる。別の25点分は部下を育て、部下を伸ばした課長を順に評価する。人事評価にかかわることなので課長も必死に取り組み、率先して笑顔を意識した課の運営をするようになり、その結果、おのずと課内で笑顔が飛び出すようになり、以前とは打って変わって部全体の雰囲気が明るくなったのである。

「リーダーのやる気があれば、たった1年で組織は大きく変わる。やるかやらぬか、それだけだ」(橘氏)

矢面に立ち、部下を守る

 何事にもチャレンジできる風土も醸成した。これまでの物流部は営業の指示で材料や製品を動かすという待ちの姿勢だった。思い切って物流の仕組みを変えようとしても、失敗すると営業や上司から叱責されるため、リスクを回避して今までと同じような仕事のやり方を続けていた。

 しかし、仕事のやり方を変えなければ物流コストは下がらず、環境物流も実現できない。例えば、輸送コストを500万円下げるのであれば、現状のやり方を少しいじるだけで実現できるかもしれないが、仮に5000万円のコストダウンとなると、現状の延長線上で物事を考えていても無駄で、新しい発想が不可欠である。「何もしない、何も変えない組織は21世紀では通用しない。1度や2度の失敗を恐れずにチャレンジしよう」と橘氏は部門のメンバーを力強く後押しするとともに、これこそ管理職の役目だと、部下が思い切って力を発揮できるフィールド作りを目指した。

 新しいことに挑戦すれば、多少の失敗やミスはつきものだ。例えば、輸送の遅延を見つけて営業が物流部にもの凄い剣幕で怒鳴り込んできた時に、矢面に立つのが営業出身の橘氏である。営業に対して「物流部員は決して手を抜いているわけではない。私の部下は一生懸命取り組んでいるのだから、できるだけ早くミスをゼロにするよう努力するから目くじらを立てて怒らないで欲しい」と営業課長を諭した。上司は部下を守ることが大事であり、営業や生産、顧客から物流部へのクレームで揉めたときは、担当課長に代わり部長自らが盾になるという姿勢で臨んでいると橘氏は述べている。

 加えて、仕事の失敗やミスは隠さず、必ず上長に報告するような文化を目指した。「炎上してからでは消火のしようがない。絶対に怒らないから、悪いニュースはとにかく煙の段階で知らせてくれ」と繰り返し部下に言い続けた。

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