分岐点を迎えた経営教育、MBAを考える海外ベストセラーに学ぶ、もう1つのビジネス視点(3/4 ページ)

» 2011年03月30日 13時30分 公開
[エグゼクティブブックサマリー,ITmedia]

8つの中心的ニーズに応える手段について

 1、世界的視点

 ほとんどのMBA課程では多くの留学生を受け入れており、既存のコースに国際的な内容を追加し、グローバル経営に新しいクラスを作り、交換留学プログラムや海外で学ぶ機会を提供しています。また、最も意欲的な大学院は「グローバル研究センター」を作ったり、海外にキャンパスを建てたりしています。意欲的なアプローチを取った機関の良い例としてインシアードが挙げられます。インシアードはフランスとシンガポールにもキャンパスを持っています。生徒や教授陣はキャンパス間を移動し、さまざまな国籍が混ざった環境の中で討論を行ったり、国際的関心を育てたりしているのです。

 経営とは、人を使って企業を動かしていくことです。その意味では異なる文化や風習をもった人との交流をすることで国際的な関心を身につけることが必要です。留学生が多いと、そういった視点からも大きなニーズがあるということなのでしょう。

 2、リーダーシップ開発

 MBA課程は、生徒からのリーダーシップ能力に関する要望に3つの方法で応えています。まず、「倫理、価値観、企業責任」に関する授業を含むリーダーシップ開発コースを提供しています。また最近は、「リーダーシップ研究所」を始めました。その多くはノースカロライナ州を拠点とするクリエイティブリーダーシップ・センターが使用しているのと同じテクニックやアプローチを採用しています。

 同センターは研究と実践を結び付ける非常に集中したトレーニングに特化しています。まず、参加者は自分自身をリーダーおよび個人として評価します。その後、参加者および参加者の組織と共同で、同センターのサポートおよびコーチングとともに彼らの新しい能力に必要な課題を明確にします。最後に、MBA課程の中には「経験学習プログラム」があります。経験学習プログラムとは、例えば、チーム育成を目的とした小旅行や、実世界のビジネス顧客のためのプロジェクトに取り組むグループ活動などを行うものです。

先にも言及したように「経営」とは人を動かして企業を運営することです。リーダーシップとはそのために一番重要なことと言えるでしょう。そういった重要事項を体験として学習できることは非常に面白い試みだと思います。

3、統合思考

 さまざまな要素を統合させる能力は分野の垣根を越えたものです。実際、統合思考を使うことは複数のアプローチを統合することを意味します。よって、特定の学科を中心にして作られたプログラムに、このような能力の育成を組み込むことは難しいことです。その結果、多くのプログラムは、生徒にさまざまなコースを通じていろいろな物の見方に触れさせ、そういった多様な物の見方を統合させるかどうかは生徒にゆだねています。このようなやり方は効果的ではありません。なぜなら、物事を統合する能力は1人で簡単に身に付けられるものではないからです。

 そのため、大学院は今、学部運営陣に対し、例えば、実用的な必須科目として組み込むなどして、統合思考を積極的に教えるよう促しています。これにより、「キャップストーン・コース」の中で生徒は多様な物の見方をするプロジェクトをより高い統合レベルで実行することができます。また、カリキュラム自体が統合されている大学院はさらに意欲的です。例えば、トロント大学ロットマン経営学大学院は、統合思考能力を中心にプログラム全体を構築しようとしています。

 1つの考えに固執せずさまざまな物の考えや発想を取りまとめることが経営には必要なことです。どのような物の見方をすることによってそれぞれを考えを理解していくことができるのか?そうした訓練も経営には必要なことでしょう。

4、組織の実態

 雇用主は一般的に、MBA卒業生は理論を立てるのはうまいが、必ずしも仕事ができるわけではないと不満を漏らします。これに対応するため、ミシガン大学ロス経営学大学院は、生徒の実地経験に重点を置いたプログラムを提供しています。総合的実地プロジェクト(MAP)の生徒はさまざまな組織の現場で仕事をします。このプロジェクトは、インドのアラビンド眼科病院の財務表の作成からワールプール・ヨーロッパ社の収益を上げるための戦略作りの手伝いまで、幅広い実地経験の場を提供しています。このようなプロジェクトは生徒に「知識と現実」の差を埋めるよう促すと同時に、生徒と大学院両方に多くのことを要求します。教授陣はプロジェクトを膨大な時間をかけて評価しなければなりませんし、時には学科を超えて生徒を指導しなければなりません。

 ここに書かれていることは、経営学を学問として考えてしまうと、実際の場所では何の役にも立たないことをほのめかしているように思います。MBAを取得しているといっても実際の経営ではそれを生かせない人も多いわけで、それでは何の意味もなしません。収益を上げたり、組織をまとめていくノウハウ、それが実現できるような訓練は必至であるということです。

5、創造的および革新的思考

 革新と創造力は今日の経済を突き動かす主な原動力です。しかし、従来のMBA課程ではこの2つを十分に教えませんでした。実際、MBA卒業生に対する一般的な不満は、彼らには創造力が欠けているというものです。スタンフォード大学は、実地訓練に重点を置いたデザイン思考を教える「クリエイティング・インフェクシャス・アクション(CIA)」コースを通して、この問題に正面から取り組んでいます。

 複数の教授がチームとしてデザイン思考を教え、生徒はグループでプロジェクトに取り組みます。高度な読み物を与えたり、単独の包括的な理論の中で取り組むよう生徒に求めたりするのではなく、同大学の大学院はプロジェクトのツールとしてテキストや配布物を提供し、インストラクターがそれらを使用する際、指導してくれます。

 その中で生徒は、例えばあるユーザーグループが特定のソフトウェアを使いこなせるようにするにはどうすればよいか、など問題を提起します。その後、ユーザーの代表を観察し、実際抱える問題に対する解決策について意見を出し合い、試験的解決策をいくつか考え、試験と見直しを繰り返します。そして最終的にたどりついた解決策を実行します。

 「革新と創造力」確かに、収益をあげるという経営にとって最重要なことはこの2つにかかっているといってもいいでしょう。それを従来のMBAでは欠けていたのは、MBAが経営を学問という側面でみていたからでしょう。今後、MBA知識をさらに活性化させるために「革新と創造力」を身に着けさせることは重要なことでしょう。

6、口頭および文書でのコミュニケーション

 教授陣と企業経営者の両方が、MBAの生徒は良く考え、自分の考えを文章と口頭の両方で表現できる能力がなければならないと考えている一方で、それを教える方法についてずっと議論が繰り広げられてきました。最近、生徒は批判的思考法や明確な文章の書き方は自然に獲得していくだろうと考えるのではなく、大学院はそういったスキルを育てるコースを作っています。

 例えば、スタンフォード大学では「批判的・分析的思考(CAT)」のクラスを提供しており、その中で生徒は、具体的でタイムリーな問題を分析することで論理展開能力を養います。また、課題図書が与えられ、文章を書く能力(「The Chicago Manual of Style」)や、論理的思考(レイモンド・ニッカーソン著「Reflections of Reasoning」)、さらには「全体像」を理解する能力(ジェフリー・サックス著「The End of Poverty」)を育てます。さらに、ライティングのコーチが出す課題として週刊新聞も書きます。

 コミュニケーション力とは経営だけにとどまらず社会生活を営む上で最も大切なことの1つです。ましてや、リーダーシップをとるためには自らの意見を正確に部下に伝える能力は必要不可欠です。

7、役割、責任、企業目的

 MBAの生徒がこれらをより理解できるようにするために、大学院は特別編成したコースを提供しています。例えば、ハーバード大学は、モラルと倫理的ジレンマを取り扱う豊富なケーススタディを中心とした「リーダーシップおよび企業責任」のコースを提供しています。このコースはまず、企業リーダーの責任を説明し、その後、企業統治や組織設計における問題を掘り下げて行きます。そして、最終的には自己啓発で締めくくります。

 ここに記載されていることはもはや経営を学ぶのであれば理解していて当然のことなのではないでしょうか。

8、リスク、規制、制限

 このトピックは昔から、MBAカリキュラムにとって必要不可欠な要素として扱われて来ました。しかし、多くの大学院が以前はほとんど注目されていなかったリスク、例えば流動性リスク、信用リスク、カントリーリスク、取引先リスクなどに関するコースを提供しています。2008年の経済危機を受け、多くのMBA課程は生徒に規制を後押しする経済的及び社会的原理を、失敗から学ぶ方法と一緒に教えるクラスを取り入れています。

 経営を行う上でリスクは当然のことのように発生します。そうしたリスクマネージメントを教えることも重要な要素の1つです。とくにグローバリゼーションが加速化する世界経済において、あらゆるリスクを想定することは、もはや必須の知識となっています。

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