「集約と共有」で世界に変革をもたらすクラウド「プライベートクラウドセミナー2011」リポート

ITの世界を大きく変革させていくクラウドコンピューティング。企業では特に、自社内やグループ企業でクラウドを占有する形態、プライベートクラウドに注目が集まっている。企業は今後、どのようにクラウドを使いこなしていくのが望ましいのだろうか。

» 2011年07月04日 10時00分 公開
[ITmedia]

 1880年代後半のこと、米国で「電流戦争」と呼ばれるビジネスモデルの競争が見られた。市場で先行していたのは、送電できる範囲が狭い直流の電力システム。そこに対抗したのが交流の電力システムだった。より広範囲をカバーできる送電システムと、大規模な発電を可能にする新たな技術によって「規模の経済」を実現し、価格を下げてユーザーを幅広く集めることに成功した。

 こうしたエピソードを引き合いに、クラウドコンピューティングが社会に与える影響を語ったのは、筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻の加藤和彦教授。2011年6月14日に都内で開催された「変化の時代を乗り切る企業クラウド活用術とは? プライベートクラウドセミナー2011」(主催:日立情報システムズ)の基調講演での一コマである。

規模の経済が驚異的な効率化を可能に

筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻の加藤和彦教授 筑波大学大学院 システム情報工学研究科 コンピュータサイエンス専攻の加藤和彦教授

 クラウドの定義について、加藤氏は米国の国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology:略称NIST)での解釈を元に説明した。

「NISTが挙げたクラウドの特性のうち、特に注目すべきは『リソースの伸縮性』、すなわち、スケールアウトである。例えば、大学でイベントを行うときに、一度に多くのスタッフが集まるが、そこでお茶を出すのは普通の家庭用と同じポット。多人数にお茶を出すには、その人数を一つの大きなポットでまかなうのでなく、コモディティな品をたくさん使うことで対応している。その方が安く済むからだ。列車のダイヤも同様に、利用者の多い時間帯は本数を増やして対応している。動的にスケールアウト、スケールインする技術が確立して、クラウドが実現した」(加藤氏)

 安価に多数のサーバを用意できるようになったハードウェアの進歩、必要に応じて台数を割り当てていくことが可能になったソフトウェアの進歩、それぞれが相まってITの分野でも規模の経済が実現できたということになる。

 例えば、パブリッククラウドの代表格といえるGoogleでは、最先端のデータセンターでPUE(Power Usage Effectiveness:データセンター全体の電力消費量をIT機器による電力消費量で割った値)1.1という驚異的な効率を実現している。これも規模の経済で効率化を進めた結果である。

 一方、数年前には「ASP」(Application Service Provider)と呼ばれるサービスが注目を集めた。ユーザーがインターネット経由でアプリケーションを利用するという形態は、クラウドの先取りのようなものだ。

「私的な見解を言えば、『集約』と『共有』がASPと異なるポイントである。クラウドは規模の経済に加え、カスタマイズでき、フレキシビリティをきかせながら共有できることが大きな特徴。あたかも因数分解のようなもので、良い因数を作っておけば、シンプルに分解できる」(加藤氏)

集約・共有で大学間連携のクラウドを作る

 加藤氏は、共通因数をくくり出し、それを集約・共有した実例を、所属する筑波大学の事例で説明した。

 筑波大学の医学部は、文部科学省が全国で推進している「がんプロフェッショナル育成プラン」(通称「がんプロ」)に、千葉大学、埼玉医科大学、茨城県立医療大学の3校と一緒に取り組んでいる。がんプロは全国で行われているが、この4大学のチームは中間評価でトップとなった。参加する各大学の授業を並列に提供し、学生が選べるような仕組みとした点が好評だったようだ。

「この中間評価の結果を受けて、他地域の大学からも利用したいと打診されるようになった。がんプロでは積極的にeラーニングを取り入れている。そこで医学部から相談を受け、eラーニングのクラウド化を提案した。各大学が持つeラーニングという共通因数をくくり出して集約・共有することで、オペレーションを効率的に行い、忙しい医師のオーバーヘッドを増やさずに済むだろう」(加藤氏)

クラウドがセカイを変えていく

 一方、ユーザー側も、クラウドの影響で大きく変わりつつある。特にコンシューマー分野での変化が著しい。

 例えば「セカイカメラ」に代表される拡張現実技術は、カメラやGPS、電子コンパスなどの機能を搭載したスマートフォンと、クラウド上のソフトとが連携することで実現できた。また、「Eye-fi」は、無線LANアクセスポイント情報から位置を割り出す「Skyhook」というサービスに連携し、写真をアップロードすると同時に撮影場所も示すようになっている。

 「こうした多彩なセンサーを持つユビキタスデバイスを通じてクラウドと実社会がつながり、クラウドは急速に社会インフラへと発展しつつある。我々の研究室も、大震災でサーバが使えなくなった際の連絡手段として各種クラウドサービスが役に立った」と加藤氏は振り返る。

 クラウドの存在がクライアントに影響を及ぼし、その使われ方が変わり始めているのである。クライアントはスマートフォンやデジカメなど携帯型の機器だけではない。例えばカーナビもネットワーククライアントだ。震災直後には、そこから得られた情報を集約して作られた「通れた道マップ」が役立ったのは記憶に新しい。

 もちろん、クラウドが社会インフラになるといっても、それだけで済むとは限らない。現在でも、企業が自家発電で電力をまかなう例は少なくない。ITでいえばクラウドではなくオンプレミスのシステムに相当する。今後も、必ずしも全てがクラウドに置き換わるわけではなく、組織の事情に応じてオンプレミスと組み合わせて使われることになるという。

「例えば、人々の移動が電車やバスのような公共交通インフラだけでなく、自転車や車のような個人的な手段もある。クラウドはこれまでのITにない特性を備えていて、IT市場を大きく変えていくことは確実だが、それは新たな選択肢が増えたと考えるべきだ。その特性をよく学んで、上手に活用してほしい」(加藤氏)

クラウド運用の6つの視点

 続いてのセッションでは、「プライベートクラウドにおける運用最適化と業務継続性の検討」をテーマに、実際にプライベートクラウドを運用する際の注意点や、その対策方法について、日立情報システムズ Vソリューション推進本部 設計部の大江伸登部長が紹介した。

日立情報システムズ Vソリューション推進本部 設計部の大江伸登部長 日立情報システムズ Vソリューション推進本部 設計部の大江伸登部長

 「クラウドにつながる仮想化技術の導入が進んでいる。仮想化技術でシステムを集約することは、基盤、運用を共通化することになり、全体最適化を図る良い機会でもある」と大江氏は話す。

 運用について大江氏は、「構成管理/資産管理」「稼働管理」「性能管理」「セキュリティ管理」「変更管理」「インシデント管理」の6つの視点を挙げる。この視点はプライベートクラウドでも従来の物理サーバのシステムでも同様だが、クラウド環境ならではのポイントもあるとしている。

 クラウドでは、物理サーバに加えて仮想サーバも管理しなくてはならない。そのため仮想化によって物理サーバの台数を減らしても、管理対象はむしろ増える。構成管理/資産管理や稼働管理では、この点に注意が必要だ。しかし、「サーバの統合は個々のシステムごとに行ってきた管理を統合するチャンスでもある。変更管理においてはクラウド管理ツールを利用することで構成変更も容易になるため、その部分をきちんと管理していく必要がある」と大江氏は強調する。

クラウド特有の事情にも配慮が必要

 安定したシステム運用にはPDCAサイクルを上手に回していくことが重要だという点も、やはり物理サーバ、クラウドともに違いはない。大江氏は、プライベートクラウドの場合はこのサイクルのうち“C”と“A”が特に重要だとする。

「Check段階では、安心かつ安全な運用を実現する上で欠かせないポイントとなる『定常運用の状況』『性能の状況』『環境変更の状況』『障害状況・課題状況』の4つがある。これらの状況をしっかり監視し、次のActionに生かしていくことが、安定稼働の要となる」(大江氏)

 監視すべき要素は、死活監視、リソース監視、エラー情報など仮想化環境でも既存システムと基本的に違いはない。とはいえ、ボトルネックが生じやすいストレージや、複数の仮想サーバがリソースを共有する形態ゆえに詳細な分析が求められる性能把握などに気を配る必要がある。

 例えば、日立情報システムズでは、「仮想化運用支援サービス」を提供しており、ユーザーのシステムから一定期間の運用データを収集・分析して状況や改善点をレポートとして提供できるという。

 一方、クラウド環境特有の事情も一部にある。仮想サーバは、サーバを立ち上げてから廃棄するまでのライフサイクルを自動化することが可能だ。一方で、ストレージ上にはいくつもの仮想サーバのデータが蓄積されるため、容量が増えやすく、バックアップやリストアの効率性に配慮しなくてはならない。こうした状況では、重複排除機能を備えたバックアップ製品が役立つだろう。

 また、今回の震災を考えると、設置場所も安定稼働・安定運用の上で大きな要素といえる。例えば設備に直接被害がなくても、計画停電でシステム運用に影響を受けたケースがある。今一度、改めてシステムの重要度を明確にした上で、そのシステムをその場所に置いていて良いのかを再検討する必要があるだろう。

 同社では、IT資産アセスメントサービスや移行支援サービスも用意して、移行作業などを支援する。今後も引き続き日立情報システムズでは、企業システムが「何事もなく日々稼働する」ことをサポートするための製品・サービス・ソリューションを提供していく。

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