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» 2011年09月12日 08時00分 UPDATE

トークライブ“経営者の条件”:「多様性のある企業ではコミュニケーション能力が大事。社員一人ひとりまで、きちんと話を聞く」――シーメンス・ジャパン株式会社 代表取締役社長兼CEO 織畠潤一氏 (1/2)

人それぞれ、経歴にはドラマがある。MITを卒業してリクルートに入社、新規事業の立ち上げに携わった後にMBAを取得、GEやシーメンスなど外資系の日本法人社長を歴任する。転機を迎えるたび、常に過去を踏まえつつ「やりがいがある」仕事を選んできたという。

[岡田靖,ITmedia]

 この記事は「経営者JP」の企画協力を受けております。


 7月26日に開催されたトークライブ「経営者の条件」(主催:経営者JP、協力:アイティメディア)第10回、ゲストはシーメンス・ジャパン株式会社 代表取締役社長兼CEOで、シーメンスグループ日本代表 兼 ヘルスケアセクターリードの織畠潤一氏。横浜生まれの日本人だが、中学校からは家庭の事情で国外生活が続いた。中学1〜2年はイランのテヘラン・アメリカンスクールに通い、その後米国ジョージア州の公立高校を首席で卒業、マサチューセッツ工科大学(MIT)で電気工学の学士号・修士号を取得するという学歴を持つ。

obata2903.jpg シーメンス・ジャパンの織畠潤一代表取締役社長兼CEO

 その後の経歴も多彩だ。当時米国で日本人学生をスカウトしていたリクルートに新卒で入社し、新規事業を立ち上げた後にMITスローンスクールでMBAを取得。マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとして活躍した後GEに入社した。数々のポジションを歴任し日本GEプラスチックス社長を務め、経営者としての道を踏み出している。タイコヘルスケアグループジャパン代表取締役社長、のちに同社からスピンオフしたコヴィディエンでインターナショナル・プレジデント兼日本代表まで勤め上げ、2011年1月から現職となった。

数々の挫折を「生来の負けず嫌い」で乗り越え、新しい物事への挑戦に目覚める

 「28歳のときまでには、人生のちょうど半分を日本国外で過ごしていた。高校や大学の頃などは、自分が日本人であるという認識はあまりなかったと思う」と語る織畠氏。その少年時代や青年時代には、数々の苦労があったようだ。それを乗り越えたのは「生来の負けず嫌い」の性格だった。

 小学校まで日本で生まれ育った氏は、家庭の事情で突如日本国外で過ごすことになった。中学校では、「ろくに英語も喋れないのに」いきなりイランのテヘラン・アメリカンスクールで学ぶことになり、必死で英語を身に付けたという。高校ではアメリカ・ジョージア州の公立校を首席で卒業するほどの成績を残し、マサチューセッツ工科大学(MIT)へと進学したが、MITは「高校首席卒業などあたりまえにいるような環境」、高校の頃より周囲との競争は激しく、そこでも初めは挫折感を味わったようだ。

 電気工学を学び、学士号・修士号を取得して卒業した後に就職したリクルートは、特に勢いがあった時代だった。米国に採用スタッフを派遣して一流大学に学ぶ日本人をスカウトしており、織畠氏もそのスカウトから誘われた。MITの修士ともなれば米国のハイテク企業からのオファーも多かったが、それらを蹴ってリクルートを選んだ。

 「実は、MITでは博士課程に進んでいたが、途中からビジネスに興味を抱くようになって、修士号を取得した段階で学業を止めることにしていた。そして当時のリクルートは、何か新しいことや面白い仕事ができ、刺激を受けられそうな会社だった」(織畠氏)

 事実、リクルートに入社した織畠氏は、後に新規事業を立ち上げることになる。ただ、入社直後にはまた挫折を味わったという。それは、真夏の2ヶ月間にもわたる営業研修だ。

 「当時のリクルートは有名な猛烈営業の時代。私も中央区・江東区を割り当てられ、エリア内のビルに入っているすべての企業に飛び込み営業をかける、いわゆるどぶ板営業の『ビル倒し』をやった。入社1年目の1986年は、2010年にも負けぬ暑い夏で、しかも回線リセール自由化の2年目に当たり、ほとんど受注できなかった」

 こうした営業の苦労を乗り越えた後、情報ネットワークサービス事業部門で新規サービス開発を担当することになり、FNX(ファクシミリ同報サービス)事業を立ち上げるに至った。

 「新規サービスの企画を立案する段階から、経営会議で企画を通し、システム開発、ベンダー選定、さらにはサービスのカットオーバーからカスタマー・サポートまで一通りの仕事をさせてもらった。こういう経験からさらに経営を基礎から学ぶ必要を感じ、学校に戻ろう、ビジネススクールを受講しようと考えるようになった」(織畠氏)

 そこで再びMITに戻りビジネススクールで学び、1991年にMBAを取得、リクルートには戻らずマッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した。

 「チャレンジングでダイナミック、そしてビジネススクールで学んだことを実践できるという面白さが魅力で、コンサルティング会社を選んだ」と織畠氏は言う。

 マッキンゼーでは、電気工学修士号を持つことからエレクトロニクスや通信分野の仕事が主となり、さまざまな企業の営業改善プロジェクトなどを手掛けた。同僚の多くは2〜3年ほど勤務した後に転職したり独立していったが、氏は7年も勤務していた。しかし35歳という節目の年齢にもなり、自分の将来を真剣に考えるようになったという。

 「コンサルティングはとても面白いが、われわれが提案した内容を採用して実践するかどうかの決断はクライアント次第。アウトサイダーではなく、中に入って仕事をしたいと考え、それまで断っていたヘッドハンターの電話を受けるようになった」(織畠氏)

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