ITは東北を“最先端の田舎”にできるか

当座の衣食住は解消されつつある東日本大震災による津波被災地は、この先の復興を見据えるフェーズに入った。ITは地域の復興に貢献できているのか? 記者は南三陸町に向かった。

» 2011年09月15日 08時00分 公開
[石森将文,ITmedia]

 東日本大震災以降、官民問わず多くの団体が被災地の支援に当たってきた。それはITに軸足をおく企業や個人も例外ではなく、中でも3月18日に「仙台のIT企業ファンページ」をFacebook内に立ち上げたトライポッドワークスの佐々木賢一社長の取り組みは、在仙企業によるいち早い取り組みということで注目を集めた。

 その後佐々木社長は「仙台から日本を元気に!」そして「ITで日本を元気に!」へと活動の幅を広げ、現在「ITで日本を元気に!」プロジェクトは短期的な物資支援だけでなく、仙台を中心とした東北企業群のビジネスをITの面から支援し、復興した東北を未来の日本のモデルケースに、というビジョンで取り組みを進めている。

 9月11日という日は、東日本大震災から半年という節目の日。佐々木社長の呼びかけに答える形で、仙台と東京のIT業界関係者を中心としたメンバーが、津波で甚大な被害を受けた南三陸町を訪れた。

ITの働きは足りているか?

 早朝、JR仙台駅前に集合したメンバーは、車に分乗し目的地の南三陸町を目指す。途中通過した仙台市宮城野区・中野出花地区は、甚大な津波被害を受けた地域だ。半年という時間は、復興には短すぎる。なんとかがれきを撤去するにはいたっているものの、結果として見渡す限りの荒れ地になっている。建屋の基礎だけが点在しており、浴室のタイルや玄関後などが往時の生活を偲ばせるのみ。この場所は仙台市中心部から車で30分も離れていない。震災の爪あとが消えつつある仙台駅周辺と比べ対照的だ。

住宅に残されたままのぬいぐるみ(写真=左)、民家が建ち並んでいた地域は、今や荒涼としている(写真=右)

 一行は南三陸町に入り、歌津地区(注:旧志津川町と旧歌津町が“平成の大合併”を経て生まれたのが現在の南三陸町だ)の民間施設「平成の森」に設置された仮説住宅に向かう。「衣食住は生存の基本だが、仮設住宅への入居も進み、緊急の問題は解消されつつある。今後の復興を見据えたら仕事、つまり衣食“職”住の4点セットで考えなければ」と話すのは「すばらしい歌津を作る協議会(地域の行政区長を中心に組織された生活改善団体)の小野寺寛会長だ。

小野寺会長の手による「一燈」(クリックで拡大)

 これは簡単な話ではない。小野寺会長によると南三陸町では、農業と漁業を兼ね、場合によっては商店も経営していたという世帯が多く、もともとの平均世帯収入は高かったというが、漁具は流され、津波に洗われた農地の回復には時間がかかる。破壊された商業施設の復旧については言わずもがなだ。安全性の観点から住宅の高台移転も議題に上っているが、造成コストを国と自治体でどう費用負担するかという問題や、農地法をはじめとする法規制と許認可の制約により、先は見えていない。既存の私有地の買い上げについても白紙のままだ。

 そもそも共同体の移転には地域の合意形成が必須である。職住一体となっていた従来の生活モデルを改めるという意識改革も求められよう。そのためには住民と行政、そして住民同士が対話を重ねる必要があるが、「仮設住宅の入居は抽選で決めた。公平性という観点では仕方のないことだが、結果として従来のコミュニティーがバラバラとなってしまった」(小野寺会長)

 ガイドラインでは、仮設住宅の設置地域ごとに自治会を構成することになっており、そのために行政も臨時職員を雇用しているというが、十分に機能しているとは言えないようだ。そのため自治会がない仮設住宅地域も多く、例えばペットの連れ込みの可否や、駐車スペースの割り振りのような生活に密着した問題に対しルールを設定できない。

チリ地震大津波を伝える石碑も今回の震災で流され、南三陸町の海岸近くにガレキとともに放置されたままだ。上部に見える黒い物体は大きな機関車。津波の恐ろしさを物語る

 また支援物資は個人宛ではなく組織宛てに届く。自治会という組織がなければ、物資の受け取りと配分がうまく機能しない。中長期的な影響もある。仮設地域での結びつきが弱まると、「隣の子供の声がうるさい」という話になり、結果として乳幼児を抱える若い夫婦は南三陸町を離れてしまいかねない。「復興には若い力が不可欠なのに、町を離れてしまった若い夫婦も多い。せめて仮設にも託児所の機能を設けられれば」と小野寺会長は肩を落とす。

 小野寺会長は情報の発信と共有を通じ、地域に新しい“きずな”を作り上げようとしている。その表れが、会報「一燈(いっとう)」の発行だ。

 小野寺会長自身が取材し紙面を作る。当初はA3両面にプリンタ出力し配布していたが、今では企業の支援を受けて印刷し、8月30日には第7号の発行を迎えた。佐々木社長と協力関係にあり、震災後早い時期から南三陸町に入っている支援団体「ビジョンネット」によってNTTドコモのWi-Fiルータが設置され、協議会のウェブサイトからPDFをダウンロードもできるようになった。

 だが地域の情報発信環境(IT環境)はお世辞にも十分とは言えない。小野寺会長は「事務局にあるWi-Fiルータがこの地域唯一のまともなインターネット環境ではないか」と話す(以前はある通信キャリアにより複数のルータが設置されていたが、有期の支援だったため、すでに返却したとのこと)。仮にハードウェアだけ提供されても、PCを使いこなすためには人の手によるサポートを中長期にわたり施す必要がある。そこまで視野に入れた支援団体がどれだけあるだろうか。この点については、当日に記者とは別のルートで南三陸町に入ったZDNet Japanの冨田編集長も問題提起している(「IT環境の整備を望む仮設住宅--IT業界はリーダーシップを示せるか」)

 被災三県の沿岸部では、被災前から高齢化やそれに伴う過疎化といった構造的な問題を抱えていた地域も多い。メディアや行政、立法府では「復興」という言葉が多用されるが、それが単なる「復旧」にとどまっては、地域は緩慢な死を迎える。今のところ記者の耳に多く入ったのは自衛隊や消防隊への感謝の言葉であり、通信・IT分野の企業や団体に対するそれはない。「今後、ITの力で東北を最先端の田舎にしていきたい」――南三陸町を訪れたメンバーの1人が口にした言葉が、記者の胸に響いた。

仮設住宅地域に置かれた臨時の集会所。「福幸茶論(ふっこうさろん)」と名付けられている。「いつか福幸をひっくり返して“幸福”茶論になるように」とサロンに集うお年寄りは笑う

 メンバーは南三陸町戸倉地区に一泊し、翌日は仙台市内で東北のIT企業有志との間で会合を持った。その模様は追ってレポートしたい。

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