なぜ経営現場でドラッカーを実践できないのか――ドラッカーの哲学〜その2生き残れない経営(2/2 ページ)

» 2011年10月31日 08時00分 公開
[増岡直二郎(nao IT研究所),ITmedia]
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なぜ意見の対立が必要なのか

 意見の対立を促すには理由があるとする。(1)意見の対立を促すことによって、不完全や間違っている意見に騙されることを防げる、(2)代案を手にし、実行段階で間違いに気づいたとき、途方にくれなくて済む、(3)自分やメンバーの想像力を引き出せる、というわけだ。

 某中堅企業のトップは常々社員に言った。「ケチをつける積りになって意見を言え。それが発想を豊かにし、建設的意見につながる。」異論を唱えろ、建設的意見を言え……と言ってもなかなか出ないものだ。ケチはつけようと思えば、簡単につけられる。優れた助言だ。

 さらにドラッカーは、「効果的な意思決定とは、行動と成果に対するコミットである。」と続ける。意思決定の後でその決定を売り込むようでは、行動は起こされないし、成果も得られない。もっともだ。従って、意思決定前に実行の手順や責任を組み込み、決定を実行する者、それを妨げる者を議論の段階で参画させておくのだ。ドラッカーの議論は、実務的方法論にまでかみ砕かれている。

 次に、「神秘家」に組みするドラッカーがいる。「コミュニケーションは知覚である」と喝破する。無人の山中で木が倒れたとき、音はしない。音波は発生する。しかし音を感じる者がいなければ、音はしない。コミュニケ−ションを成立させる者は受け手であって、その内容を発する者は発するだけ、聞く者がいないと意味のない音波に過ぎない。コミュニケーションを行うには、受け手の知覚能力の範囲内か、受け止めることができるかを考えなければならない。

 確かに、企業の現場でコミュニケーションについて語るとき、「相手に分かる言葉で語れ」、「相手の言い分を聞く耳を持て」、あるいは「相手の目を見て語れ」などと、相手を重んずることが重要な要因であるとする。しかし、これらはいかにも受け手のことを考えているようだが、実はあくまでも発する側の視点からの発想だ。そこでは、何を話すかという上から下への流れに関心が行き、下が知りたがっていること、興味を持っていることこそが「知覚」であるということが忘れられがちになる。

 「コミュニケーションは知覚である」という真に受け手の視点からの発想を持たなければ、効果的なコミュニケーションは成り立たないということだ。

 もうひとつ、ドラッカーの特異にして愉快な表現を紹介する。

 「引力の法則が、その朝物理学者が食べたものと関係ないように、トップマネジメントの役割はその座にある者の流儀とは関係ない。」トップマネジメントとは何であり、何でなければならないかは客観的に規定されるとし、トップマネジメントにはそれぞれ流儀があって、自分なりに役割を決めればよいという考えを戒めているわけだ。

 しかし自分の流儀でやればよいのだと、うそぶくトップがいかに多いことか。それがワンマンにつながったり、偏った判断を招いたり、そしてチームで仕事を行うことを忘れたりすることにつながる。企業にとっては悲劇である。

 ドラッカーは、トップマネジメントに課せられた役割は、各種の能力と性格を必要とするとする。「考える人」「行動する人」「人間的な人」「表に立つ人」の4種類の性格が必要だ。しかしこれらを合わせ持つ者はほとんどいないので、いかにチームを有効活用するかが重要になる。

 ドラッカーの優れたところは幾つもあるがその1つは、今まで触れたように幅広く奥深い特異な哲学や思想に基づいて理論を展開している一方で、経営現場で彼の理論を実行するための方法論や手順についても、随所でかなり実務的に解説しているということである。

 さらに、マネジメントする人の課題と仕事を説く中で、マネジメントする人はトップマネジャーとは限らず、小さな事業単位に責任を持つ職長も含むとする。このことからマネジメントが意味するところとその対象は、トップや経営陣に限らないことが分かる。それらを見逃さずに十分読み取ることによって、ドラッカー理論を実際の経営現場に適用することが可能となる。

著者プロフィール

増岡直二郎(ますおか なおじろう)

日立製作所、八木アンテナ、八木システムエンジニアリングを経て現在、「nao IT研究所」代表。

その間経営、事業企画、製造、情報システム、営業統括、保守などの部門を経験し、IT導入にも直接かかわってきた。執筆・講演・大学非常勤講師・企業指導などで活躍中。著書に「IT導入は企業を危うくする」(洋泉社)、「迫りくる受難時代を勝ち抜くSEの条件」(洋泉社)。



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