イノベーションにおける誤解を解消するGartner Column(2/2 ページ)

» 2011年11月30日 08時00分 公開
[小西一有(ガートナー ジャパン),ITmedia]
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明確な目的で柔軟なプロセスを持つ

 組織の中で仕事をしている場合、意識するしないに関わらず、組織を横断するプロセスの中で仕事をしています。そして、プロセス全体が、何らかの目的で作られ、目標を達成するために運営されています。しかしながら、往々にして普段の生活の中では、自身に与えられた仕事だけに気が取られ、目先の目的・目標を達成するために決められたことを決められた通りに実行することだけに邁進してしまいます。ビジネス・プロセスは、本来、その外側にいる関係者(通常は、顧客やベンダーやその他の協力者など)に対して何らかの価値を与えるために実行されています。

 どのような価値を与えたいのか? ということが目的・目標であって、プロセスそのものを実行することが目的になってはならないのです。むしろ、プロセスは、その外側にいる関係者の価値観(ニーズ)が変化する度に柔軟に変化すべき存在なのです。わたしは、このことをこう説明することがあります。「プロセスは、人が設計し人が運営するものです。残念ながら人が作ったものに『完全』なものは世の中に一切存在しません。だからこそ、常に見直しが必要であり、臨機応変にプロセスやルールを見直す必要があります。

 プロセスに参加している人々がいつも目的・目標を基本理念として持ち続けている限り誰もがプロセス改善に臨むことができます」。3人のイノベーターの中の1人である平本清氏率いるツーワン(21)は、会社の意志決定に従業員全員が参加できるようになっています。全ての意志決定に従業員が参加する権限があるということは、従業員全員が意志決定に自ら従うということでもあり、責任も持つということです。従って、自身に与えられたことだけをやっていれば良いということはありません。同社は、目的・目標が揺るぎなく明確です。だからこそ、全従業員が自身の意見を自由に述べて、皆で意志決定していくことができるのです。

インサイド・アウトではなくアウトサイド・イン

 優れたイノベーター達は、自分には何ができるかを考えません。われわれには何をすることが求められているのかを考えます。できることだけやろうとする考え方をインサイド・アウトと言います。一方で、相手方が何を求めているのかを一緒になって考えて、真のニーズを満たすために自身のケーパビリティを生かすことを考えます。3人のイノベーターの中の1人で山梨日立建機の雨宮清社長は、民間で初めて対人地雷撤去機を開発した人として知られています。従前の地雷撤去作業は手作業で行われていたため、さまざまな危険が伴い場合によっては命を落とすような作業でした。

 雨宮清社長はあるきっかけで、地雷汚染地域の1つであったカンボジアを支援しようと決心します。しかし、カンボジアのことは何も知らないし対人地雷についての知識はありません。しかも日本国内には、これらの文献もありませんでした。そこで彼は、対人地雷撤去機の仕様を決めるためにカンボジアの地雷汚染地域に出向いてそこの住人と一緒に生活をします。同じ所に寝泊まりをして、同じモノを食べて、地雷撤去作業を手伝い、事故の現場にも立ち会い、研究期間3年間のうち通算で1年間は、現地で暮らしたと言います。

 雨宮氏は、地雷の撤去を目的とする機械を作ったのではなく、地雷汚染地区の復興を目的とした機械を作りました。地雷を撤去した後、地域の復興のためには「産業」が必要です。その産業のために、雨宮氏が開発した機械が活躍します。将来ある子供達のために学校建設にも機械は活躍します。雨宮氏は、自身に何ができるかを考えるために、カンボジアの地雷汚染地区で生活をしたのではありません。自分に何を期待されているのかを肌身で感じるためにその場所に身を置いたのです。

 最初に、イノベーターたちは「何をすべきか決めた」と述べましたが、「何を」の部分が短絡的で近視眼的ではうまくいきません。先にご紹介したサンメディカル技術研究所は、(手のひらサイズの)埋込型補助人工心臓を製品化するまでに20年という長い期間を「売上げゼロ」で過ごしました。そうなると自身も含めて従業員達も「もう諦めるしかない」と思ったに違いありません。しかし山崎氏はこう言います。「われわれの仕事は、世界中にいる(心臓移植でしか治療できない)重症心臓病患者20万人を助ける仕事だから矛盾が無い。こんな仕事が他にあるだろうか。矛盾の無い仕事に就けたことを誇りに仕事をしていこう」と。

 今回のコラムは、ITに関係の無い話だねと言わないでください。ITはビジネスを支援するために存在します。ビジネスやマネジメントサイドからいわれることを、いわれるがままにコンピュータシステムを構築・運営するというのが真の仕事ではありません。ビジネスに変革をもたらし、自社の顧客に真の満足を与える仕事を、ビジネスやマネジメントサイドと一緒になって実行していくのです。さまざまな立場の人がいろいろな知恵を出し合って、考えて考えて考え抜くことが出来なければ、イノベーションは興り得ません。ビジネス価値を生み出すアイディアを、具現化し実装することをイノベーションとガートナーでは定義しています。IT部門を含む組織全体で活動することが重要なのです。コンピュータシステムを考えるのではなく、ビジネスを考えるのです。

著者プロフィール:小西一有 ガートナー エグゼクティブ プログラム (EXP)エグゼクティブ パートナー

小西一有

2006年にガートナー ジャパン入社。それ以前は企業のシステム企画部門で情報システム戦略の企画立案、予算策定、プロジェクト・マネジメントを担当。大規模なシステム投資に端を発する業務改革プロジェクトにマネジメントの一員として参画した。ガートナーでは、CIO向けのメンバーシップ事業「エグゼクティブ・プログラム (EXP)」の日本の責任者を務める。


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