ビジネス交渉は落とし所探しではないビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)

» 2012年03月08日 08時00分 公開
[高槻亮輔,ITmedia]
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近江商人の交渉術

 日本人は交渉が下手だといわれることがよくあるが、決してそんなことはない。近江商人が書き残した心得を見ると、古くから極めて戦略的な思想でビジネスに取り組んでいたことが分かる。代表的な心得として、「三方よし」、「売って悔やむ」、「天性成行(てんせいなりゆき)」、を紹介しよう。

 「三方よし」とは、「売り手よし、書いてよし、世間よし」ということであり、売り手と買い手だけでなく、その取引が世間(社会)にも貢献しなければならないという意味である。近江商人は現代社会風にいえば、企業の社会的責任にも目を配ることによって、商業活動を円滑にし、継続的なものにできるということに気が付いていたのである。

 「売って悔やむ」とは、商品の販売は顧客の望む時に損得に迷わず売り渡し、先々の値上がりを思惑して売り惜しんではならないということである。売った方が悔やむような取引であれば、買った方には利益が出ることは間違いないのであり、ここから信用、信頼が生まれるのだ。将来を考えた継続的な取引への配慮を促した言葉である。

 「天性成行」とは自他ともに成り立つことを考えて、自分の都合や勝手だけを優先させず、損益は中長期的なスパンで平均的にとらえることを求めている。損が出るときも益が大きく出るときもあるが、天性成行に従えば、中長期的には利益が極大化する。短期的な目先の利益に囚われて、継続的な取引関係を維持するべき相手を失ったり、大胆な投資を躊躇するようなことがあってはならないという戒めにも通ずるところがある。

 昨年11月、パナソニックで国内外のビジネス交渉に法務担当として長らく関与し、今ではいくつもの大学で教鞭をとっている一色正彦氏と「売り言葉は買うな!」を共著として出版した。副題を「Build up Partnership and Strategic Alliance」としたのだが、パートナーシップの構築というのは本書の大切な基軸のひとつであり、これは近江商人の教えにある継続的な関係の大切さと相通じるものがある。

 ビジネス交渉において売り言葉は買っても意味がないし、そもそも売ってはいけないのである。継続的な関係の構築に資することが無いばかりか、場合によっては、一瞬で良好な関係性を破壊する、極めて危険な行為だからである。

 本書では交渉学のフレームワークを解説するとともに、「交渉は学ぶことができる」ということを強調している。交渉術と交渉学は似て非なるものである。交渉学は体系化されているため、数多ある交渉術の意味を整理し対応することができるようになる。交渉の場においても、交渉学の見地から交渉術を掌握していると相手の術を封印することができるし、体系的な知識を身に付けることによって、組織として、交渉の成功確率を高めることができるのだ。

 米国のビジネススクールやロースクールでは、交渉学の講義は基本課目に組み込まれているが、日本ではまだそこまで普及していない。しかしながら、金沢工業大学や東京大学などでは大学院で交渉学の講義が行われるようになっているし、慶應義塾大学では昨年度の文学部に続いて、今年度からは法学部でも交渉学の講義が始まると聞いている。

 体系的知識を身に付けたビジネスパーソンが各々の現場で実践を積んでいくことで、多数の良好なパートナーシップが構築され、安定、継続的な事業の発展がもたらされることを願ってやまない。

著者プロフィール:高槻亮輔

慶應義塾大学経済学部を卒業後、株式会社日本興業銀行入行。みずほフィナンシャルグループ発足時には、株式会社みずほホールディングスにて与信企画業務に関わり、新たな行内格付体系の整備を主導した。その後、株式会社インターネット総合研究所では複数の事業会社の買収や国内外のベンチャー企業への投資業務を担当した。現在は、株式会社インスパイアの代表取締役社長として、イノベーションの具現化をテーマに、事業法人との資本・業務提携をベースにした新規事業開発や革新的技術を有するベンチャー企業に対するエクイティ投資などを実践している。国際IT財団評議員、日本RA株式会社代表取締役社長、株式会社イード取締役、金沢工業大学大学院客員教授等を兼任。


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