多様性と柔軟性。それこそが企業の強さ、ITのあるべき姿「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(2/2 ページ)

» 2012年08月08日 08時00分 公開
[聞き手:重富俊二(ガートナー ジャパン)、文:山田久美,ITmedia]
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合併時、IT部門が前面に出ることで合理的な妥協案が見出せる

 ――現在とこれからの製薬業界の変化についてどのように考えているか? また、そのような変化にどのように対応しようとしているのか?

サノフィ・アベンティスの松原氏(左)、ガートナーの重富氏

 現在、製薬業界は大きな変換期にある。それはゲームのルールが変わりつつあるためだ。例えれば、今まで自分はずっとサッカーをやっていると思っていたら、いつの間にか手を使っている人がいる。ところが、どの審判も笛を吹かない。「なんだ、手を使ってもよいのか。でも、いつから手を使ってもよくなったんだ?」といった状況だ。

ゲームのルールが変わってきた背景には、欧・米・日における医療保険制度の抱える構造的な問題と制度の変革、新薬の特許切れと新製品の減少、安価なジェネリック医薬品の台頭、患者及び患者団体の影響力の増加などが挙げられる。ルールが変わればビジネスの仕方も変わらざるを得ない。

 われわれのような製薬会社ではこれまで、ビジネスの成功要因はブロックバスター(大型の新製品)を持つことと、強い営業組織を持つことの2つだといわれてきた。しかし、よく言われるように新薬の開発には10年の期間と1000億円という莫大なコストが掛かる。経済状況が悪化する中、新製品というものが開発されにくくなってきている。また、患者もセカンドオピニオンや経済性を重視し、医療や治療を選択する時代、特許が切れてジェネリック医薬品が大量に入ってくれば、優れた営業組織を持っていても、それだけではとても勝ち残ることはできない。

 このような転換期、重要なことは「多様性」や人のマインドセットの「チェンジ」だと思っている。単に、古い細胞が新しい細胞に入れ換わっただけでは、DNAは進化しない。これまでにない細胞が入り、既存の細胞にうまく組み込まれていくことでDNAは進化する。そういった進化を、どうやって起こすかが、われわれの最大の課題だ。

 その点、合併といった物理的な変化が起こるとき、人のマインドセットは変わりやすいのでチャンスだと思っている。サノフィ・アベンティスは、合併によって大きくなってきた会社だ。それがわれわれのDNAであり、強みであるともいえる。

 また、合併においては、IT部門に重要な役割があると考えている。合併の際、実務に関しては、どちらが主導権を取るかなど、難しい面がある。しかし、ITに関しては、例えば、SAPとオラクル、どちらのERPシステムに統合するかといったことは、機能面の評価やシステムのライフサイクルなどによって客観的な判断が可能だ。そのため、比較的簡単に統合のための意思決定ができる。

 そこで、「こちらのシステムを使うのであれば、それに付随するビジネスプロセスはこうしよう」など、ITを中心に両社の統合をドライブしていくことができる。つまり、合併時はIT部門が前面に出ることで、比較的合理的な妥協案が見出せる。

 合併だけが理由ではないが、自前でシステムを構築し長期間使用するといった発想は少ない。より柔軟性が高く、自社のその時その時の状況に最適なシステムを都度購入するというのが、弊社のITに対する経営戦略で、これは強みだともいえる。

 ――後に、現在多くの日本企業がグローバル展開に必死に取り組んでいるが、何かアドバイスは? また、これからのIT人材について一言お願いしたい。

 まず始めにグローバル組織としての多様性を認め、価値観や考え方が全く異なるということを認識することが重要だ。例えば、時間に対する認識の違いを表す事として「国際会議では、日本人は開会の5分前に着席し資料を読んでいるが、米国人はスターバックスのコーヒー片手に定刻にやってくる。一方、フランス人はそのコーヒーが冷めたころに現われ、イタリア人はいつまで経っても現われない」などとよく言われるが、これはある意味で事実だ。逆に、フランス人には、「約束の時間よりも早く来るヤツは余裕のないヤツ」と見られてしまう。このような認識の違いによる難しさはほかにもあり色々と苦労しているが、他の文化やグローバルの視点とは何が違い、何は同じなのかを理解した上で、自分は自分としての価値観を持ち続けることが重要と考えている。あくまでも自分としてのスタンスはぶれずに、どのように政策やプロジェクトをドライブするかを心がけるべきである。

 また、グローバリゼーションは日本の企業にとって永遠の課題ではないかと感じるが、その為にもグローバル人材の育成は特に重要だ。若手にはチャンスがあれば海外に行って学んだり、業種を超えた交流会やセミナーなどでもいいので、会社の外で活動するよう勧めている。会社における自分のやりたい仕事が明確で、それを、グローバル社会の中で伸び伸びと楽しみながらできる人材をどれだけ多く持っているか。また、そういった人材に、会社としてきちんとチャンスを与えることができるか。それが企業の強さに直結すると思う。

対談を終えて

 松原氏との対談は、グローバル化は各企業に共通する課題との認識のもと、フランスに本社を置く日本企業およびITとして、日本に本社を置く企業とは別の視点からの苦労や工夫を聞くことができるではないかとの想いから実現した。

 今回の対談では、表面的ではなくグローバル化の持つ意味と、ITの役割やビジネスに対する貢献について深いところからの話を聞くことができた。企業合併を「特別なもの」「物理的なもの」と考えるのではなく、いつでも起こり得るものという発想でITを構築することに止まらず、「DNAの変化」や「人のマインドセット」にまで結びつけてしまう奥深さや強さを感じた。

プロフィール

重富 俊二 (Shunji Shigetomi)

ガートナー ジャパン エグゼクティブ プログラム バイス プレジデント エグゼクティブ パートナー

2011年 12月ガートナー ジャパン入社。CIO、IT責任者向けメンバーシップ事業「エグゼクティブ プログラム(EXP)」の統括責任者を務める。EXPでは、CIOがより効果的に情報システム部門を統率し、戦略的にITを活用するための情報提供、アドバイスやCIO同士での交流の場を提供している。

ガートナー ジャパン入社以前は、1978年 藤沢薬品工業入社。同社にて、経理部、経営企画部等を経て、2003年にIT企画部長。2005年アステラス製薬発足時にはシステム統合を統括し、情報システム本部・企画部長。2007年 組織改変により社長直轄組織であるコーポレートIT部長に就任した。

早稲田大学工学修士(経営工学)卒業


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