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» 2012年08月13日 08時00分 UPDATE

マニュアルから企業理念が見える:マニュアルはどのようにして世界に伝わったか (1/2)

マニュアルは時代の背景と歴史の中で2300年の歳月を越えて、現在の企業に役立とうとしている。そして国際化が進む中、国際標準に基づく管理はマニュアル抜きには考えられない。

[勝畑 良(ディー・オー・エム・フロンティア),ITmedia]

 ロ−マ帝国の崩壊以降、マニュアルの技法は、ヨ−ロッパの各国に伝わった。帝国の中期には、当時蛮族とよばれていたフランス人やドイツ人にも一部市民権が付与されるようになっていた。この結果彼らも兵役の義務を負うようになり、当然彼らはマニュアルの存在を知った。

 そして、その優れた伝達性や教育性に感銘を受けた。こうして広がったマニュアルの考え方は中世のギルド制度と結びつき、ヨ−ロッパ全土に浸透していった。

 ギルド制度の排他性や独占性の特徴の影響も受けた。ギルド組合の特権を維持するためにも使われた。そして、マイスタ−制度の技術的伝統を継続していく証明として、技術伝承書という形式をもったこともある。 こうして、ギルド加盟組合やマイスタ−制度と密接したマニュアルは、一子相伝、門外不出のものとして取り扱われた。

 イギリスでも同じ様相をみせた。しかし、新大陸が発見され、英国が米国を植民地としていた17世紀後半ころから、急激に米国への移民が増加した。彼らはその日の糧に追われていた。そして、当時の米国にギルド制度などはなく、自由自立の精神が尊重されていた。彼らは役立つものを重視した。マニュアルは役立つものだった。この結果、マニュアルの現実的部分がとりだされ、利用されるようになった。

 しかも、移民である彼らに組織的忠誠心はあまり必要ではなかった。その人がどれだけ自立しているかが大切だった。個人としてお金になるどのような技術を持つかが、重要な問題だつた。彼らは技術とともに自由に企業間を移動した。組織的忠誠心は不要だった。決め手は報酬であり、個人的成功だった。マニュアルは単なる技能の伝達書となった。

 つまり、マニュアルの持つ永遠概念は利用されなくなってしまいマニュアルは変形し、本来の形からみれば矮小化されたともいえる。そして、単なる効率化のための道具と認識された。

 この頃、時代は西部の開拓を契機として、大量生産時代に入っていった。マイスタ−制度が維持してきたような技術は尊重されなくなった。しかし、移民の性格も変わってきた。人種も雑多だった。企業に応募してくる労働者に一定の技能を付与することは重要だった。経営者は、労働者に能率を意識させ、ラインを効果的に動かさなくてはならない。どうしたらよいか。マニュアルは蘇生した。この要望に応えたのが、機械に付属して与えられていた製品取り扱い説明書だった。

 現代のマニュアルは製品取り扱い説明書から発展した。これをわれわれはユ−ザースマニュアルとよんでいる。これが企業内で使われている業務マニュアルの母体である。マニュアルが近代資本主義の経営手段として、最初に開発されたのは製品販売のための営業用ツ−ルとしてだった。それは、顧客のために作られた。

 なにしろ米国は広い。商品を販売した後、特に機械、装置類は技術者を派遣できるような環境ではない。商品本体を出荷した後、付属部品が別便で発送される。これらを使って最終組み立てを行い、実用に役立つものにするのは顧客の勤めが常識だった。クレ−ムが生じても、技術者が駆けつけることは、距離的にも治安的にも困難だった。

 米国の経営者は、そこでマニュアルを作った。これで顧客の要望に応えようとした。技術に強いセ−ルスマンやサ−ビスマンがそこにいなくても、製品到着日から製品が動くようにするにはどうしたらよいかと考え、顧客自身で、製品を組み立て、稼働させるにはどうするかを突き詰めた。最終的に実行されたのが徹底的に手順に基づく製品取り扱い説明書だったのである。

 千里の荒野にポツンと置かれた農業機械が、稼働して顧客の利益に貢献するための原則は、全部顧客自身でやる。それを可能にする製品取り扱い説明書を提供することだった。 顧客も自分でやる以外にないことを自覚していた。やらなければ生活が成り立たない。待っていても人はこない。道具もこない。部品もこないということになれば自分でやる。そして、自分で機械を動かし、利益を上げるというのが結論となった。

 これが現代のマニュアルのスタートだった。米国の顧客用マニュアルは、製品説明書、取り扱い説明書、部品要覧の3部からなっている。日本のパソコンのようなダンボ−ル箱一杯などということはない。製品説明書で機械の態様を理解し、次いでこれの動かし方を取り扱い説明書で学ぶ。最後に提供された部品に不足がないかどうか要覧でチェックする。このマニュアルには全てが販売元の責任だという考えはない。1日も早く機械を利用しなければ自分の損になるという考えである。販売元は可能な限り分かりやすい文書を作ることを目指す。これが米国の取り扱い説明書の根本精神である。こうして作られたマニュアルは、当然顧客中心、使用者中心のものになる。生産者中心、作成者中心ということはありえない。

 このマニュアルが現場作業の教育用として、企業内部に取り入れられ業務マニュアルに発展した。マニュアルはこうした背景と歴史の中で2300年の歳月を越えて、現在の企業に役立とうとしているツ−ルである。

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