日本人の流儀――百年塾の目指すものビジネス著者が語る、リーダーの仕事術(2/2 ページ)

» 2012年09月06日 08時00分 公開
[高野 登,ITmedia]
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人と人がつながるには

 日常をただ漫然と暮らしていても、人は意外とつながらないものです。それぞれの暮らすコミュニティが、実は思った以上につながっていないことを実感する場でもあります。それが地域における課題を探りだす出発点になるのです。善光寺さんの持つ場のエネルギーと、そこで暮らす人々のエネルギーを融和させていく。祈りの場を、そこに住む者として生かしていく。回を重ねるごとに、ご住職たちの参加も増えてきました。いつもは語る側にいるご住職が、他者の声に真摯に耳を傾け、一緒に考えていく。ありがたいことに、そんな場になってきました。

 いま、日常生活の中で人の話にじっくり耳を傾ける機会を得にくい時代になりました。かつては、わたしの生まれ故郷、戸隠村の縁側で交わされていたような、地域の人たちとの交流も極端に減っています。情報はネットから得ることができ、何度でも繰り返し動画を見ることが可能になりました。人とのやりとりもメール中心になっています。ツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディアの登場も、それに拍車をかけています。対して、きちんと人の話を聴き、声の様子から相手の気持ちを察し、状況を慮ることが少なくなっています。

 いつの間にか、心のスクリーンに自分の力では何も映し出すことができなくなってしまいました。あの東日本大震災からまだ2年すら経っていないにもかかわらず、遠きところで闘っている人へ思いを馳せ、どんな思いで暮らしているのかを想像し、心のスクリーンに映すことができなくなってしまいました。テレビで繰り返し放送されるのは悲惨な事件や信じがたいような事故ばかり。受け手側に委ねられるべき喜怒哀楽は過剰な演出に翻弄され、発信側の意図で笑い声や怒声、泣き声などとともに字幕スーパーが繰り返し写し出され、感情がかき乱されます。結果、感情過多になり、感覚も感性も鈍くなっていきます。

 しかし、われわれが語りたいのは穏やかな日常の営みのこと。聞きたいのは他愛のないようなありふれたこと。知りたいのは日々の暮らしのなかで感じることや考えていること。日々の営みのなかでの悲しさや苦しさ、切なさや悦びです。

 「善光寺百年塾」は、2カ月に1度、善光寺さんの宿坊を借りて開かれています。膝を突き合わせ他者の声に耳を傾け、じっくりと自分と向き合う時間をとります。刀の刃を研ぐように、自分の心の感性を研ぎ澄ます場になってきました。古来、日本人が持っていた美しく澄んだ魂を呼び戻す場でもあるのです。3年目に入り、参加者それぞれにとって心地よい場となってきたようです。百年塾が主宰するイベントでも、塾生が自主的に役割を見つけあうんの呼吸で動きはじめるようになりました。手間ひまかけることを惜しまず、ていねいに暮らしを積み上げていくことはとても大切です。百年塾も、長く続けることが大事だと思っています。

 リッツ・カールトンで毎日行っていたラインアップも、理念のなかから選ばれたテーマを話し合う場でした。話し合いを通して理解し、ことばを磨き、自分を磨く場でした。大切なのは自分で考えること、続けることです。そして、考えたことを言葉にかえて、さらに行動に落とし込んでいくプロセスです。山道を登るように一歩、また一歩と、手間ひまを惜しまずに。

 たとえどんなに立派な理念を掲げても、額縁に入れて飾っておくだけではホコリをかぶってしまいます。放っておけば感性も錆びついてしまいます。理念は掲げるものではなく、実践するものだからです。

 江戸時代を代表する経済学者、二宮尊徳のことばに「近くをはかる者は貧す それ遠きをはかる者は百年のために杉苗を植う。まして春まきて秋実る物においてをや。故に富有なり。 近くをはかる者は 春植えて秋実る物をも尚遠しとして植えず。唯眼前の利に迷うてまかずして取り 植えずして刈り取る事のみ眼につく。 故に貧窮す」というものがあります。 二宮尊徳は経済学者でありながら、人としてどうあるべきかを同時に説きました。

 善光寺百年塾には、本当に素晴らしい仲間が集いました。そして、この6月からスタートした「お江戸百年塾」、「九州百年塾」にもそれぞれに志の高い仲間が集まりつつあります。百年先を見据えて、いま心に植えることができる想いは何なのかを、仲間たちとともに謙虚に真剣に考えていきたいと思っています。

著者プロフィール:

高野 登(たかの のぼる)

人とホスピタリティ研究所 代表、MPI(米国ダラス本部)日本支部 理事、日本プロフェッショナル講師ォーラム シニアコンサルタント

1974年、渡米。ニューヨーク・ホテルキタノ、ニューヨーク・プラザホテル、サンフランシスコ・フェアモントホテルなので勤務。1990年、リッツ・カールトンに移籍。サンフランシスコの開業に携わる。1991年、ロサンゼルス・オフィスに転勤。その間、米国西海岸やシドニーなどでホテルの開業をサポートする。同時にホノルル・オフィスを開設する。1994年、日本支社に転勤。支社長としてリッツ・カールトンの日本におけるブランディング活動を行う。1997年、大阪の開業に携わる。2007年、東京の開業をサポート。2009年、退社。2010年、人とホスピタリティ研究所設立。

著書:「リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間」(かんき出版)、「絆が生まれる瞬間」(かんき出版)「リッツ・カールトンで育まれた ホスピタリティノート(かんき出版)、『リッツ・カールトン 一瞬で心が通う「言葉がけ」の習慣』(日本実業出版)、『リッツ・カールトンとBARで学んだ、高野式イングリッシュ』(ダイヤモンド社)。


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