日本で培った力を生かす 外食産業のアジア市場進出における成功要因海外進出企業に学ぶこれからの戦い方(2/2 ページ)

» 2013年05月20日 17時00分 公開
[井上浩二、小林知巳(シンスター),ITmedia]
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現地嗜好に適合

 一方、現地嗜好に合わせたメニュー、価格でビジネスを展開し、成功を収めている企業もある。例えば、日本では「牛丼一筋」で知られる吉野家。アジア市場では、牛丼に加え、麺類、弁当、サイドディッシュなど日本とは異なる多彩なメニューを提供している。価格も、展開する各国の物価水準や競合状況に応じて柔軟に設定し、現地向けのアレンジを重ねている。ただし、コア商品である牛丼については、日本の味にこだわっている。食材は、現地調達を基本とするものの、日本と同じ製法と味を実現しており、例えばタレは日本から供給しているとのことだ。

 熊本発祥の味千ラーメンも、吉野家と同じような展開を行い中国市場で成功を収めている。熊本ラーメンの源流のひとつと言われる同社は、競争の厳しい日本国内でも全国で100店舗も展開しているのだが、海外へは700店舗を越える出店を行っており、中国へは600店強を展開しているのである。日本の外食チェーンの中で、中国に展開する店舗数としては最大級である。中国店舗のメニューは、日本国内よりもはるかに多様で、焼き鳥や炒め物なども提供されており、ラーメン店というより居酒屋のようなメニュー構成となっている。これは、中国の消費者が個食ではなく、家族など大人数で多様なメニューをシェアする食事を好むという食文化に適応したものだ。料理の味も、中国人の好みを探求し取り入れている。ただし主力商品の九州ラーメンについては、スープの生産を本社が管理するなどして、日本の味を守っているとのことだ。

 吉野家と味千ラーメンは、ブランドを象徴するコア商品の味と品質を守ることで日本の飲食店としての核を作りつつ、メニュー全体としては現地化を徹底することで市場に受け入れられていった成功例と言えるだろう。

日本品質で価格破壊

 日本でイタリア料理の価格破壊によって知られるサイゼリヤは、これまでの事例とは違った展開で成功を収めている。同社は、中国市場への進出の際に思い切った低価格路線を取り、競合他社の3分の1〜4分の1の価格を打ち出して、中国でもイタリア料理の価格破壊を実現した。当初は中国店と日本店の価格を同水準で設定したが、結果は芳しくなかった。そこで、中国の価格を日本より7割値下げしたという。これによって、爆発的な集客を実現した。1日100人くらいしか来店しなかった店に、1日3000人が押しかけるようになったとのことだ(出所:日経レストランOnline 2011年8月8日)。しかし、同社の人気は単なる低価格だけで得たものではない。日本と同様に、緻密に作り上げたオペレーションによって、極めて高いレベルの低価格と高品質の両立を実践しているのである。

 同社は、日本で作り上げたセントラルキッチン・システムを中国へも持ち込んだ。同システムでは、店舗では火も包丁も使わない簡易調理に徹して、品質を安定させながら高い効率性を実現している。また、物流システムも同様である。例えば、レタスなどの葉野菜は、収穫から加工、そして店舗への配送という全過程を通じて4℃に保つコールドチェーンシステムが確立されている。サラダにする野菜の鮮度を落とさないための仕組みである。しかも同社は、高い効率と品質の基盤となるシステムやオペレーションを日々レベルアップし続けている。日本の製造業の伝統的なコアコンピタンスであった改善の精神が根付いており、これを中国市場に持ち込んで日本品質と低価格を実現した例だと言える。

 サイゼリヤは、日本で入念に磨きこんだオペレーションに裏打ちされた高品質・低価格の両立戦略により、特段日本スタンダードであることをアピールせずとも、アジア市場の消費者の支持を獲得し、店舗数を130店近くにまで拡大しているのである。

 これまで紹介した、5社の成功要因を分類してまとめてみよう。

成功パターン 王道で勝負 現地嗜好に適合 日本品質で価格破壊
企業例 大戸屋、CoCo壱番屋 吉野家、味千ラーメン サイゼリヤ
日本と同じ味を実現 コア商品は日本と共通だが、他の商品は現地消費者の好みに適合 日本と同じ味を実現
メニュー 日本と共通 現地の食文化に適合した多様化 基本的に日本と共通(多少のオリジナルメニューあり)
価格 日本水準(現地では高級) 現地相場への適合 現地の競合の3分の1〜4分の1の価格設定(日本の価格より約7割低い設定)
表1:アジア市場での外食企業の成功パターン分類

 表1の分類から、味とメニュー、そして価格という基本要素において、明確なポジションを打ち出し、徹底することの重要性が理解できる。言うまでもないことだが、消費者の嗜好や食文化などのターゲット市場の特性との整合性も欠かせないだろう。こうした基本的なところでつまずくと、競合がひしめく市場で埋没してしまい、失敗するリスクが高い。

 個別の企業名は控えるが、失敗事例も紹介しておく。例えば、ある日本の和食チェーンは、中国のある地域に中国では高めだが、日本に比べると安い価格設定で進出した。この地域は、舌の肥えた日本の駐在員が多いところであったことも影響し、「xxさんも格が落ちた」と認識され、中国人客、日本人客ともに中途半端なポジションと認識されて撤退を余儀なくされた。インドネシアでは、日本スタンダードをアピールしながら、中途半端な教育で店の運営を現地スタッフに任せでしまった結果、肝心の料理の質が伴わずに苦戦を強いられた例もあるようだ。

 明快なポジションのもとで十分な品質の料理を提供しても、市場特性との不整合で成功できない例もある。例えば、安くて美味しい焼き餃子が主力商品のある中華料理チェーンは、餃子と言えば水餃子であり、焼き餃子は「余りもの」と見なす中国の食文化の壁を打ち破れずに苦戦を強いられた。また、ある日本食チェーンは、高級野菜を目玉に食べ放題のメニューで中国市場に挑んだが、「野菜は安物」という中国消費者の価値観を変えられず、撤退に追い込まれている。先に述べたように、アジア市場に進出する日本の外食企業は増えているものの、味や価格設定が中途半端になったり、現地の食文化に適合できなかったりして苦戦を強いられ、撤退に追い込まれる例も後を絶たないのである。

 では、成功と失敗の分岐点は、味、メニュー、価格におけるポジションの明快さと現地の市場特性との整合に尽きるのだろうか? 筆者は、こうした見えやすい成功要因の背後に、日本の外食産業に対するアジアでの高評価を下支えする共通の要素があると考える。それは、ひとことで言えば、日本ならではのクリンリネスとサービス・クォリティである。

 例えば、先に述べたCoCo壱番屋では、客が席に着くと、清潔なおしぼりとスプーンに安心して飲める水がすぐに提供される。日本ではごく当たり前のクリンリネスとサービスだが、アジアの消費者の目には、驚きに近い水準に映る。吉野家も現地化を徹底したメニューへの評価だけでなく、温かく丁寧な接客や、料理を提供するスピードもアジア市場に浸透できた大きな要因であろう。

 ワタミは香港進出における失敗と成功の経験を通じて、日本水準のサービス・クォリティの重要性を学んだそうだ。進出当初は、他の香港と同レベルの横柄なサービスに陥り業績が低迷したが、「ありがとうを集める」という同社の理念のもと日本並みの接客を実現したことが評判を呼び、業績拡大につながったという(出所:経営者通信Online 海外進出企業インタビュー「『新規事業』と『海外進出』の成否は企業理念の貫徹で決まる」)。料理の味もさることながら、顧客への繊細な心配りに裏打ちされたサービス・クォリティが集客の原動力になったのである。

 一方で、苦戦した企業は、差異化を追求する対象が、提供する「商品」に偏っていた印象を受ける。しかし消費者は、料理の美味しさや安さだけでなく、店の清潔さや店員の接し方など多様な要素を通じた「経験」を通じて評価を決めるのである。アジアの消費者に日本ならではの食の経験を提供し続けたことによって、日本ではごく庶民的な外食チェーンが、冒頭で紹介したようにプロポーズの舞台になったり、デートスポットになったりするといった、日本とは違ったブランドを確立できたのだと考えられる。

 味やメニュー、価格といった有形の要素に、クリンリネスやサービス・クォリティといった無形の要素を融合させて、地元の外食企業には無い洗練された「日本の食の経験」を提供することが、アジア市場で成功する上での鍵になり得る。日本の外食企業が共通して有する無形の日本スタンダードを梃にすれば、日本の外食産業が海外進出で成功を収められる機会を更に拡大できるのではないだろうか。

著者プロフィール

井上 浩二(いのうえ こうじ)

株式会社シンスターCEO。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、1994年にケーティーコンサルティング設立。アンダーセンコンサルティングでは、米国にてスーパーリージョナルバンクのグローバルプロジェクトに参画後、国内にてサービス/金融/通信/製造等幅広い業種で戦略立案/業務改善プロジェクトに参画。ケーティーコンサルティング設立後は、流通・小売、サービス、製造、通信、官公庁など様々な業界でコンサルティングに従事。コンサルタントとしての戦略立案、BPRなどの実務と平行し、某店頭公開会社の外部監査役、MBAスクール、企業研修での講師も務める。


著者プロフィール

小林 知巳(こばやし ともみ)

株式会社シンスター パートナー・コンサルタント。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)にて12年間に渡り、組織・業務改革プロジェクトを数多く遂行。同社アソシエイトパートナーを経て、2000年に退社。以降、アウトソーシング事業、教育事業を展開するベンチャー企業の経営メンバーを歴任し、人材育成計画の立案・実践や企業研修の講師を務める。2009年、株式会社小林マネジメン ト研究所設立。同社代表取締役を務めながら、2011年よりシンスターに参画。数多くの企業の教育プログラムの開発を行い、講師としても活躍中。筑波大学大学院ビジネス科学研究科修士課程及び東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。


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