事業イノベーションを起こすための4つのトリガーイノベーションの努力は、なぜ報われないのか?(2/3 ページ)

» 2013年05月27日 08時00分 公開
[河野龍太(インサイトリンク),ITmedia]

 社会的意義のある目的に立脚した「循環型物流」という独自のコーポレートビジョンを発信したことで、その他大勢の物流事業者に埋れていたウィンローダーの存在と個性は際立ち、同社で働きたいという新卒の大学生が殺到し長年苦労していた採用環境は劇的に改善した。ウィンローダーはこうして差別化の難しい市場で企業ビジョンによる差別化をはかることで、従来の物流ビジネスに加えてまったく新たな市場を切り開く事業イノベーションを実現したのである。

 ソーシャルネットワークが拡大し社会的問題への関心が高まっている現代において、イノベーションを目指す企業には、社内・社外へ積極的にコミュニケーションし、社員、顧客、社会の共感を生むことができる、広く社会に伝えるに値する価値と世の中に伝わるメッセージをもった理念をデザインする力が問われている。ベネッセ、アップル、グーグル、ホールフーズ、ウィンローダーのように、自社のビジネスの利己的な目標にとどまらず、社会をよりよくしたいという高い志や、真・善・美といった普遍的な価値観に根ざした理念は、内部で働く社員の情熱に火をつけるだけでなく、顧客や取引先、投資家など外部のステークホルダーの共感や支援を生む。高いハードルを超えさせるモチベーションやエネルギーを人々から引き出し、イノベーション実現の推進力となるのである。

トリガー2.顧客セグメント:顧客セグメントを捉え直すことで、イノベーションを起こす

 既存のプレイヤーとは違う着眼点で独自の顧客セグメントを設定し、その絞り込んだターゲット層に向けて徹底的に差別化した価値を提供することは、事業イノベーションを起こす重要なトリガーとなる。すなわち、対象とする顧客層を大きくズラす。これまでの業界の常識に反する顧客をターゲットにする。既存の事業者が軽視してきた顧客層をあえて狙っていく。こうした先入観や固定概念にとらわれない斬新な視点で顧客セグメントを捉え直すことで、手あかのついてない未踏の成長機会を手に入れることができるのである。

 顧客セグメントをトリガーにした事業イノベーションのケースとして、ABCクッキングスタジオがあげられる。ABCクッキングスタジオがターゲットにしたのは、業界が軽視してきた「料理ができない若い女性」だった。従来の料理教室はある程度料理ができる女性を対象にしており、まったくの料理初心者の若い女性には、気軽に入りづらいところだった。

 初心者が教室に入ってもベテランの受講生の中では肩身が狭く、お皿洗いなど面倒な役回りをせざるを得ないので楽しくないし料理の上達にもつながらない。1人の先生が大勢の生徒に模範を見せる講義形式で教えられ、内容も本格的な料理を学べることに価値があるとされていた。堅苦しくない方法で基礎から学びたい料理初心者の若い女性には、この点でも大きなギャップがあった。

 ABCクッキングスタジオは、従来の料理教室が顧客として真剣に相手にしてこなかった料理初心者の若い女性に狙いを定め、従来の料理教室の問題点を顧客視点から洗い直し、それらを根本的に解決する新しいコンセプトの料理教室をつくった。

 例えば、生徒5人に1人の講師という少人数制によるきめ細かいフォロー、生徒が講師を選べる指名制度、学んだ料理をビギナーが自宅で復習しやすい楽しいイラストレシピの開発。人通りの多い場所にあえて出店し、壁を透明ガラス張りにすることで教室の様子が外からも見えるステージのような楽しくワクワクするデザインなど、料理初心者がこれまでの料理教室に感じていた不満や問題点を解決する斬新なフォーマットや提案を次々と導入した。その結果、伸び悩んでいた市場に新たな成長の機会を切り開き、大きな成功をおさめた。

 女性専用のフィットネスクラブというコンセプトによって著しい成長を続けているカーブスも、顧客セグメントをトリガーにした事業イノベーションの成功例である。女性専用のフィットネスというターゲットの絞り込みは、人口の半分を占める男性を切り捨てるだけに一見市場を狭めてしまうように見えるが、逆に、特定ターゲットにフォーカスすることで、顧客のニーズに対してより的確に深く応えたエッジの効いた差別化が可能になる。

 カーブスは、フィットネスクラブ通いが長続きしない女性の不満や問題点を徹底的に研究し、科学的な運動理論に基づいた30分1サイクルで完結する独自プログラムを導入するなど、従来のフィットネスクラブにはない効果的かつ利便性の高い斬新なサービスを提供している。その結果、既存の競合事業者が取り込めなかった層まで顧客を拡げ、本国アメリカはもとよりグローバル市場においても飛躍的に事業を拡大している。

 顧客セグメントをトリガーにした事業イノベーションは、ドラッカーの言う「認識ギャップ」を利用したイノベーションである。「認識ギャップ」によるイノベーションについて、ドラッカーは次のように言っている。「業界の内部の人々が物事を見誤り、現実について誤った認識をもつとき、彼らの努力は間違った方向に向かう。成果を期待できない分野に集中する。そのときそれに気づき利用する者にとっては、イノベーションの機会となる認識ギャップが生まれる」。業界に長くいる事業者は顧客に対する捉え方が固定概念でしばられる傾向にある。そこに「認識ギャップ」が生じ、イノベーションのチャンスが生まれるのだ。

 事業イノベーターは、既存業者では解決されていない問題点や顧客の不満を新鮮な着眼点であぶり出した上で、観察、分析、仮説、実験をくりかえすことで独自の顧客セグメントを発見し、そのターゲット層に対して従来にはない差別化された価値やソリューションをぶつけて新しい成長機会につなげるのである。

トリガー3.顧客への提供価値:顧客視点で一貫性のある価値をデザインする

 従来の商品やサービスでは十分に解決されていない顧客の真のニーズをつかんで、これまでとは次元の異なるユニークな顧客価値を提供することは、事業イノベーションの大きなトリガーになる。利用可能な技術をもとに、顧客の視点からあるべき価値を突き詰め、まったく新しい経験価値を創造したアップルのiPodとiTunes、iPhoneなどの事業イノベーションは、その典型的なケースである。

 顧客が求める本当の価値を理解し、それらを具体的な商品やサービスに的確に落とし込むことは決して容易ではない。そもそも顧客自身も自らのニーズを明確に意識できているわけではないので、顧客に直接聞いても答えは見えてこない。事業イノベーターはさまざまなアプローチや手法を工夫することで市場にひそむ潜在的ニーズを発見し、顧客の心をとらえる価値を商品やサービスとしてデザインしなければならない。しかし、多くの企業は顧客のニーズを表面的にしか理解しないまま具体的な商品サービスの開発に走りがちだ。事業開発のマスターであるスティーブ・ブランク氏がよく言う「画期的な技術や特徴をもった誰も欲しくない商品」という皮肉な結果がこうして起きる。

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