事業イノベーションを起こすための4つのトリガーイノベーションの努力は、なぜ報われないのか?(3/3 ページ)

» 2013年05月27日 08時00分 公開
[河野龍太(インサイトリンク),ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

 最近の電子書籍市場におけるソニーとアマゾンの戦いは、顧客の求める価値を正しく理解し、送り手発想の罠に陥ることなく商品・サービスとして一貫性のある価値をデザインすることの難しさを教えてくれる。

 電子書籍ビジネスで成功するために、ソニーは優れた電子書籍端末の開発がカギと考えた。その結果、端末の軽量化や紙と近い目にやさしい電子インク技術の導入など、従来よりも大幅に快適な読書体験を可能にする電子書籍端末をつくることに成功した。しかし、タイトルの品揃えの少なさ、PCを必要とするダウンロードの手間、販売する電子書籍の価格の高さ、出版社の協力体制の不足など、一貫性のある顧客価値を提供するビジネスのエコシステムができていなかった。端末の出来映えは優れていたものの、顧客が電子書籍を楽しむ上で端末は一部でありすべてではないことを十分に理解していなかった。端末開発に偏った力を注いできたものの、サービスのプロセス全体を通して一貫性のある顧客価値をデザインする視点を欠いていたのである。

 一方、アマゾンのCEOジェフ・ベゾス氏は、電子書籍ビジネスを当初から「電子書籍の製品端末ではなく、サービス」として捉えていた。端末の機能や性能ではソニーより劣っていたものの、タイトルの品揃えの充実度、紙の書籍よりも大幅に割安な価格設定、PCを必要とせずに瞬時にダウンロードできる容易さなど、端末のみならずサービス全体として一貫性のある価値を設計し、顧客に提供する利便性や経験価値の向上に力を注いだ。その結果、先行していたソニーを大きく引き離して、巨大な成長市場の主導権を握ることに成功したのである。

 顧客価値をトリガーとする事業イノベーションを目指す上では、いくつか考慮するポイントがある。一つは、経験価値という観点で顧客価値を捉えることだ。個々のモノやサービスに留まらず、購買前、購買時、購買後の利用時、そしてアフターケアに至るまで、顧客と商品サービスとが接点をもつプロセス全体にわたって一貫性のある価値を提供することが求められる。充実した時間や記憶、満足感、楽しさを顧客に提供するために、すべてのプロセスを相互に矛盾なく連携させていかなければならない。モノではなく、コトをデザインするのである。例えば、アップルやスターバックスは、この経験価値づくりにおけるマスターである。最近では、APカンパニーも自社の居酒屋チェーンにおいてユニークな経験価値のデザインを取り入れ、成功している。

 もう一つのポイントは、エモーショナルな価値を加えることである。顧客の感情をゆさぶり、驚かせ、よろこばせ、深く共感させ、感動させる。感情移入、思い入れ、肩入れ、心と心のつながり、そういったエモーショナルな絆をつくることを目指すのである。社会性の高いビジョンやミッション、すぐれたデザイン、すべてにおいて一貫して実現される美的価値、コンセプチュアルな店舗空間、社会的な問題解決に取り組む活動、ユーザー参加型のコミュニティやイベント、メッセージ性の高いプロモーションなど、手段はさまざまである。機能的価値での差別化が難しい昨今、顧客や社会に対して共感性の高いエモーショナルな価値を創造できる企業と、それが苦手な(関心の薄い)企業とでは、大きな優劣がつくことに留意しなければならない。

トリガー4.ビジネスモデル:ビジネスモデルをデザインし、イノベーションを起こす

 商品がいかに優れていても、ビジネスモデルが適切にデザインされていなければその事業は成功しない。商品レベルの差別化が容易でない現代の競争においては、ビジネスモデルでの差別化が事業を成功させる上で鍵を握る。ビジネスモデルは、事業イノベーションを実現するきわめて重要なトリガーなのである。

 ビジネスモデルによって事業イノベーションを起こしたケースとして、ネスプレッソがあげられる。家庭で簡単に本格的エスプレッソが楽しめるネスプレッソは、全世界のネスレグループの中で最も成長が著しい画期的な成功事業である。この商品が人気を博したことによってスイスでは家庭内のコーヒー消費量が6倍にもなったという。実は、ネスプレッソは順風満帆のビジネスではなかった。

 立ち上げから10年近く売上がなかなか伸びず、撤退寸前の事業だったのである。今のような成長事業に転換したきっかけは、商品はそのままで、ビジネスモデルを見直したことによる。すなわち、ビジネスモデルの試行錯誤を繰り返しながら、ハードとカートリッジの販売チャネルを分けて、顧客セグメントを業務用から一般家庭へと変えた。継続課金を可能にするいわゆるジレット型のひげ剃りと替え刃のビジネスモデルを適用して、エスプレッソを抽出するカートリッジ型のカプセルはWebなど直営チャネルで販売するモデルに変更した。こうしたビジネスモデルの仮説検証と実行の繰り返しによって、現在のような目覚ましい成長軌道にのせることができたのである。

 他業界で成功したビジネスモデルを自分たちの業界に適用することは、ビジネスモデルをデザインする一つのアプローチである。例えば、ユニクロなどアパレルで成功したSPA型のビジネスモデルを居酒屋の業界に導入して成功したのが、宮崎料理の居酒屋チェーン「じとっこ組合」などを展開するAPカンパニーである。

 通常だと客単価7000円でないと元が取れない地鶏料理を、養鶏場を自ら運営することで中間流通マージンを削減し、従来よりもはるかに安い価格で高品質の地鶏を提供することを可能にした。バリューチェーンを上流にさかのぼって製造と販売を統合して運営するSPA型のビジネスモデルをつくることで他の居酒屋とは差別化を果たし、従来できなかった価格と品質による新たな経験価値を実現している。同様にJINSはSPA型モデルをメガネ市場に持ち込むことで、小売りチャネルを全国に展開して安売りで大量販売する古いビジネスモデルの大手プレイヤーからシェアを奪い、事業を拡大している。

 十分に使われていない自社の強みや資産に着目することで新たなビジネスモデルを創造し、事業イノベーションを起こすアプローチもある。アマゾンのWebサービスがそのケースである。2000年代後半頃のWebサービスを投入する前のアマゾンは、利益率の低さが経営上の問題だった。圧倒的なスケールのITインフラは、自社サービスのために使われていた。その自社のリソースであるITインフラを外部事業者に提供するアマゾンWebサービスというビジネスモデルを創造したことによって、アマゾンはこれまで取り込めていなかったB to Bの市場を開拓する巨大な成長ビジネスを生み出した。自社のオペレーション資産を新たな収益サービスに変えたことで、課題であった収益率の改善にもつながったのである。

 最後となる次回は、事業イノベーションを起こすためのツールや思考方法について考える。


著者プロフィール

河野 龍太

株式会社インサイトリンク代表取締役社長

早稲田大学法学部卒業。英国ウォーリック経営大学院(Warwick Business School)にてMBA 取得。博報堂、博報堂ブランドコンサルティング、ITベンチャー数社の経営参画を経て、マーケティングのイノベーションを支援する株式会社インサイトリンクを設立。博報堂DY ホールディングスにて顧問も務める(2006年〜2008年)。現在ビジジネスコーチ株式会社のパートナーコーチも務め、企業のマネジメント層に対してエグゼクティブコーチングも実施している。BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ。



前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

ITmedia エグゼクティブのご案内

「ITmedia エグゼクティブは、上場企業および上場相当企業の課長職以上を対象とした無料の会員制サービスを中心に、経営者やリーダー層向けにさまざまな情報を発信しています。
入会いただくとメールマガジンの購読、経営に役立つ旬なテーマで開催しているセミナー、勉強会にも参加いただけます。
ぜひこの機会にお申し込みください。
入会希望の方は必要事項を記入の上申請ください。審査の上登録させていただきます。
【入会条件】上場企業および上場相当企業の課長職以上

アドバイザリーボード

根来龍之

早稲田大学商学学術院教授

根来龍之

小尾敏夫

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

小尾敏夫

郡山史郎

株式会社CEAFOM 代表取締役社長

郡山史郎

西野弘

株式会社プロシード 代表取締役

西野弘

森田正隆

明治学院大学 経済学部准教授

森田正隆