新興国市場での成功の鍵――「FRUGAL」製品の可能性と落とし穴視点(2/3 ページ)

» 2013年07月29日 08時00分 公開
[大野隆司、鶴見雅弘(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger

3.注目をあびるフルーガル(FRUGAL)製品

図2:FRUGAL製品の特性

 この危機を打開するのが「フルーガル(FRUGAL)」製品だ。

 新興国市場での活躍が目立つ欧米の企業では、フルーガル・プロダクト、フルーガル・エンジニアリングといった言葉がしばしば使われている。

 「フルーガル」とは、もともとは「節約の」「倹約の」という意味だが、ここでは「無駄を省いた」といったところが適当だろう。そして、この6文字はフルーガルが有すべき特徴を表すものとなっている(図2参照)。

 フルーガル製品の代表的な成功事例としては、GE社の「小型の超音波診断装置」があげられる。2000年初頭、GE社は中国市場で、高度な超音波装置が売れずに伸び悩んでいた。当時の中国では、患者の90%以上は地方の農村部出身であり、最大の関心事は診療費であった。つまり多額の設備投資は難しい状況だった

 また、農村部には高度な画像技術を保有した診療所がなく、医者が装置を運んでいくことが必要であるうえ、地方の中国人医師は、町医者的なジェネラリストであるため難しい操作を、なかなか覚えられなかったという背景があった。

図3:FRUGAL製品市場の考え方

 このような背景に対し、GE社は、ハイエンド版の約15%程度の機能とし(Function)、1台10万ドルを超える製品を、2002年には3万ドル、2007年には1 .5万ドルへと価格を下げ(Affordable)、ノートパソコンタイプによる持ち運びが可能とし(Local)、トレーニングやメンテナンスが不要な操作性(Robust, User Friendly)、といった特徴をもった製品を生み出したのである。

 また、フルーガル製品のターゲット層は、「BoP(Bottom of the Pyramid」に限らない。より大きな購買力が期待できる「MoP」も含めた、幅広い層全てが狙うべき市場である。(図3参照)

 フルーガル製品の市場は、現在の20兆ドル規模から、2030年ごろには60〜70兆ドル規模へと大きく拡大することが見込まれている。

4.「フルーガル」製品で勝負する上での注意点

 このように、「フルーガル」の考え方は、きわめてシンプルだ。シンプルであるが故に、難しいとも言える。多くの企業が(日本企業に限らず)、ビジネスの成功を享受できずにいる。

 価格勝負ではローカル企業には到底太刀打ちできるものではない。しかし「安かろう、悪かろう」では市場で長く競争優位性を保つことは難しい。高品質つまり高価格の先進国向けの製品をそのまま持ちこんでも、ターゲットは富裕層に限定され、ビジネスの規模の面では限界がある(もちろん、このアプローチが適する製品があることは事実である)。

 つまるところ、独自性(機能面やプレミア感)を持ちつつも、現地で受け入れやすい価格帯で提供することが必要ということになる。これを逆にみると、「コモディティ競争に陥らない」ということとなる。コモディティとは、「価格以外に差別する要素が無い」ということだ。

 多くの日本企業は、これらの点に気づきつつも、なかなかビジネスの成功につなげることができずにいる。日本企業が陥りやすい3つの落とし穴について考えてみる。

図4:新興国進出時に日本企業が陥りやすい3つの落とし穴

落し穴(1)現地ニーズの勘違い

 「日本の製品の廉価版を持ち込めば良し」と思い込んでしまっている企業は少なくない。

 「先進国で提供しているハイスペックな機能を外すことで、価格を安くして提供すれば良し」と安直に考えてしまうということだ。

 新興国には、そこに暮らす人々のニーズがある。こんな「当たり前」なことへの目配りが不十分なケースが多いのだ。ニーズを取り込もうとはするものの、噂程度の情報を基に商品開発を行ってしまい、苦戦を強いられ、場合によっては撤退まで追い込まれているケースも少なくない。

パナソニックの冷蔵庫

 「中国人は最新の冷蔵庫を客に見えるように居間に置く」パナソニックは、この言説にしたがい、国際基準である「60cm幅」の冷蔵庫を投入したものの、売上は低迷したままでいた。

 あらためて入念な市場調査を行ったところ、「中国の一般家庭では台所のドア幅が狭いため、60cm幅の冷蔵庫は台所に入らない」ことを突き止めた。この結果を基に「55cm幅」の冷蔵庫を投入することにより、売上を約10倍に拡大させることに成功した。

 日本企業は、日本市場では、綿密な市場調査やVoC(Voice of Customer:顧客の声)の活用を得意としているのは間違いない。ややもすればガラパゴスなどと揶揄される独自進化は、ある意味でこれの証左ともいえるだろう。

 日本市場で作り上げた「結果(=商品)」をそのまま持ち込むのではなく、確立したノウハウやスキルを活用し、ニーズをうまく取り込んだ製品を投入していくことが重要なわけだ。

落し穴(2)「メイド・イン・ジャパン」ブランドを過信しすぎる

 「メイド・イン・ジャパン」が、常に「高いブランド力」を有しているという思想は危険だ。例えば、「メイド・イン・ジャパンだから、相対的に高ても売れるだろう」といった考えだ。

 確かに、日本のアジア各国に対する投資額は1位でもあり、日本の製品・文化に対してプラスのイメージを持っていることはあるかもしれない。また、日本食は新興国(特にアジア)では高い人気を獲得しているし、日本車は高いけれど品質がよく壊れにくい、というブランドイメージを強く持っている国・地域が多い。

 しかし、全ての業界で「メイド・イン・ジャパン」が有効に働くわけではない。「メイド・イン・ジャパン」をどこで活かすのか、あえて使わない方が効果的か、といったことを冷徹に判断することが必要だ。

日本の外食産業

 ある日本の和食チェーンは、中国人にとってはやや高いが、日本に比べると安い価格設定で進出した。

 ただ、この価格つまりこの原価による料理は、日本人駐在員からの「○○も格が落ちた」との評判をよんでしまった。結果、「メイド・イン・ジャパン」のプレミアムを活かせず、撤退を余儀なくされてしまった。

 安くて美味しい「焼き」餃子が主力商品のある中華料理チェーンは、餃子と言えば「水」餃子であり、「焼き」餃子は「余りもの」と見なす、中国の食文化の壁を打ち破れずに苦戦を強いられた。別の日本食チェーンは、高級野菜を目玉に食べ放題のメニューで中国市場に挑んだものの、「野菜は安物」という中国消費者の価値観の壁の前に敗れてしまった。

 一方、中国をはじめとした香港・台湾・タイなどの各国に約100店舗進出(2012年末時点)している「CoCo壱番」では、客が席に着くと、清潔なおしぼりとスプーン、安心して飲める水がすぐに提供される。この、日本ではごく当たり前のサービスが、アジアの消費者の驚きにつながった。

 結果として、新興国では、プロポーズの舞台になったり、デートスポットになったりするといった、日本とは違ったブランド確立まで至ったというケースもある。

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