人口高齢化の企業経営への示唆視点(3/3 ページ)

» 2013年09月30日 08時00分 公開
[森 健、中里 航平(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger
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高齢社員を戦略的に活用する

 高齢化していく社員をそのままにしていては、生産性が下がっていってしまう可能性が高い。そうではなく、高齢社員ならではの強みを最大限に引き出すことが重要だ。必要な取り組みは、以下の3つに集約される。

 1つ目は、一般にワークプレースアダプテーションと呼ばれる、職場環境を高齢社員にとっても働きやすいものにしていく取り組みである。どちらかと言えば、これは最低限行わなければならない「守り」の施策といえる。

 製造業の生産現場では、既に多くの取組みが行われている。例えば、ある外資系自動車メーカーでは、2017年時点の従業員の年齢構成を予想し、その年齢構成のスタッフでのパイロットラインを立ち上げた。高齢化が進んだ年齢構成となるため、ラインの生産性は当然ながら落ちてしまう。パイロットラインの目的は、生産性を現状水準に維持するためのアイデアを出来る限り集めることであった。結果、膝への負担を和らげるための木製の床の導入、細かい部品の判別を容易とし、ミスを避けるための拡大鏡の導入など、70の生産工程の改善が提案され、生産性はプロジェクト開始時の水準から7%改善、若い従業員で構成される生産ラインと同水準の生産性を達成した。

 製造業以外でも、様々な工夫によりワークプレースアダプテーションを実現し、高齢従業員の活用につなげている企業が存在する。例えば、ある米系サービス関連企業では、自宅勤務やフレックス制の導入、定期的な健康診断の実施などによって、3分の1超が50歳以上という従業員で成功裏に事業を展開している。

 次に必要なのが、高齢社員のミッション・役割の設定である。高齢社員を企業にとっての「負担」ではなく、競争優位構築のための「アセット」と位置づけ、「攻め」のためのミッション・役割を設定しなければならない。

 具体的にどのようなミッション・役割を与えるべきかは、企業毎の特徴や置かれている状況によって異なってくる。ここでは、いくつか例を紹介したい。

 すでに比較的幅広く取り組みが見られ、今後も多くの企業で導入が予想されるのが、若手に対するメンター・トレーナーとしての役割である。ただし、比較的簡単に思いつき、導入も容易なため取り入れる企業が多い一方で、形骸化してしまうことも多いようだ。

 先に言及したとおり、高齢社員の認知能力が低下し、新しい情報の吸収等が若手に比べ困難になってくることは避けられない。従って、メンタリングの際にメンティー(若手側)がメンターの発言に対し一部違和感を感じたり、時代遅れの部分を見出すことは極めて自然な現象である。これがメンタリング制度形骸化の最も大きい理由であろう。もちろん、経験に裏打ちされた価値のある助言を高齢従業員が(全員ではないとしても)出来ることも一方で確かであり、メンター・メンティー側の双方がこうした情報を取捨選択できることが重要である。

 そのためには、このような現実に対するメンター側の理解促進と同時に、若手のメンティー側に、多少違和感のある発言を受けたとしても揺るがない年配社員への尊敬・尊重の念があることが欠かせない。企業としては、そうした念を自然と若手が持てるような「雰囲気」を作り出すことが肝要である。例えば、ある外資系金融機関では、一部の高齢社員を「Sage( 賢者・聖人)」と名付け権威を与えることで、そうした雰囲気作りの一助としている。

 また、今後特に消費財・流通業において重要性が大きく増してくると思われるのが、高齢社員のマーケティングや商品開発における貢献である。人口の高齢化は、消費者の高齢化も意味する。いわゆるシニア消費を取り込んでいくために、高齢社員をマーケティング・商品開発においていかに活用していくかは、消費財・流通業において競争優位に大きな影響を及ぼしていくだろう。

 上記以外にも、経験がものをいう業務を選択し、その分野に通じた高齢社員を配置していくことが重要である。例えば、ある日系メーカーでは、海外での工場立ち上げに当該経験のある60歳台の社員を派遣している。こうした社員は 、「恒常的に発生するわけではないが、まれに発生するトラブル」への対応で特に価値を発揮することが多い。また、企業博物館の職員として高齢社員を活用する企業もある。コカ・コーラ(米アトランタ)やBMW(独ミュンヘン)に代表されるように、企業博物館は単なる娯楽施設ではなく、ブランディング戦略上極めて重要な役割を果たすようになってきている。そこに、商品について高い知識と愛着を持つ高齢社員を配置するのである。

 さて、多くの日本企業は、これまでの60歳定年制を改め、65歳程度まで従業員を雇用する必要性に直面している。その際に、適切なインセンティブを扱えることにより、上記のミッション・役割の実現に寄与する雇用形態の選択を行うことが重要である。これが、必要な施策の3つめである。

 現在最も一般的な雇用形態が、一度定年退職した従業員の別契約での再雇用である。多くの場合一年契約で、給与水準は定年退職時の3割程度としていることが多い。また、一度定年退職した従業員をグループ内の別会社で再雇用する方法を取っている企業も見られる。この場合、再雇用された従業員は、「派遣社員」として元々所属していた企業・部署に「派遣」されることとなる。もちろん、純粋に定年を60歳から65歳に引き上げたり、定年制そのものを廃止してしまうことも1つの方法だ。

 それぞれにメリット・デメリットがあることは言うまでもない。例えば、別契約での再雇用は、現行制度からそれほど大きな変更を伴わないため導入が容易として取り組む企業が多い。また、雇用条件(給料や勤務時間など)の調整がしやすいのも大きなメリットである。一方で、再雇用された社員のモチベーションの低下や、再雇用された社員と定年前の社員との間での職場における上下関係の曖昧さがデメリットとして指摘されている。

 また、どのような制度をとるかは、高齢社員にどのようなミッション・役割を与えるかや組織独特の文化によっても変わってくるため 、特定の模範解答が存在するわけではない。各企業がそれぞれの状況に鑑みて試行錯誤をすべき領域といえる。例えば、日本マクドナルドは、2006年に定年制を廃止。年齢に関わらず成果主義を徹底させるとの方針に沿った意思決定であった。しかし、高齢社員も自らの仕事に没頭し成果を残すことにこだわり、後継者の育成が疎かになりがちになったとして、2012年に60歳定年制(65歳までは継続雇用)を復活させた。制度と高齢社員に求めるミッションにミスマッチが生まれてしまい、制度を改善した一例である。

若手人材の獲得ソースを拡大する

 高齢社員の戦略的活用の重要度が増す一方で、組織に活力を与えるためにも、若手人材の採用の重要性は揺ぎ無い。若年層の絶対数が減少するなかで、成功裏に若手人材を獲得することの重要性はむしろ増していく。

 ここで重要なことは、従来の国内・男性という人材の獲得ソースに加えて、女性や海外人材へ獲得ソースを広げることである。ここでも、単に採用の門戸を広げるのではなく、こうした「新しい」人材を十分に活用し、競争優位の源泉へと昇華していくことが求められる。

 特に女性については、業種にもよるものの、採用自体はある程度進んでいる企業も多い。しかし、管理職やリーダーとして女性が活躍できる場を提供できていないのが多くの企業の現状である。特に日本企業は取り組みが大きく遅れてしまっている。例えばUnileverは、2015年までにシニアマネージャーの55%を女性とする目標を掲げているが、多くの日本企業にはこれは非現実的なスローガンにしか見えないのではないだろうか。

 本稿では詳細に踏み込むことは出来ないが、女性のキャリアが限定的になってしまう、もしくはキャリアそのものを諦めざるを得ない最大の理由は、出産・子育てとの両立が困難であることである。トップのコミットメントを前提として、柔軟な勤務時間・勤務場所の用意等の施策に取り組み、女性のポテンシャルを最大限に引き出すことが求められる。

4.終わりに

 人口の高齢化に関する議論が、女性のポテンシャルを引き出すことの重要性に行きつくこととなった。これは、現在の企業が、多様な人材をいかに戦略的に活用するかという問いを突きつけられていることを象徴的に表している。単に雇用を提供するのではなく、競争優位を築くための「攻め」の取り組みが必要だ。ありきたりな表現ではあるが、多様性をいかに競争優位につなげるかが、高齢化社会という側面からも問われているのである。

著者プロフィール

森 健(Ken Mori)

ローランド・ベルガー 代表取締役 日本代表

東京大学工学部卒業後、鹿島建設、米国系戦略コンサルティング・ファームを経て現職。米国シカゴ大学経営大学院MBA。機械・電機・自動車をはじめとする製造業や公共機関において、戦略立案、提携支援、企業再生などの分野で豊富な経験を有する。また、グローバルなコンサルティング案件も多く手がける。ローランド・ベルガーでは、オペレーショングループのアジア代表としても多くの活動を行っている。


著者プロフィール

中里 航平(Kohei Nakazato)

シニアコンサルタント/RBSE Fellow

東京大学経済学部を卒業後、ローランド・ベルガーに参画。現在、Roland Berger School of Strategy and Economics (RBSE) のフェローとしてミュンヘンオフィスに駐在。日本では、食品、化粧品などの消費財や自動車、商社を中心に事業戦略、マーケティング戦略、新興国参入・展開戦略の立案および実行支援のプロジェクトを手掛ける。東京オフィスにおける消費財・流通グループのメンバー。


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