ASEAN市場攻略の要諦飛躍(3/3 ページ)

» 2014年01月27日 08時00分 公開
[山邉 圭介(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger
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3.事業のタイプ・業種毎にASEANで直面している課題は異なる

 当然といえば当然であるが、事業のタイプや業種毎、また各企業毎にASEANで直面している課題は異なる。従って、残念ながらすべての企業に当てはまる成功の方程式は存在しない。ここでは代表的な事業タイプを複数事例として取り上げ、ローランド・ベルガーが考えるASEANでの成功に向けた最も重要な要素について触れておきたい。

輸出型製造業〜徹底したコスト最適化

 従来からASEANで事業を展開している自動車やエレクトロニクス産業などがこれに当てはまる。これらの業界においては近年、労働コストや原材料コストの上昇、またグローバルでの競争環境激化、消費者からの低価格ニーズ、といった背景を受け、ASEAN域内において極めて高いコスト低減圧力にさらされている。いち早く競合に先んじて徹底したコスト最適化を実現できるかがASEANで勝ち残る鍵である。ASEANに出れば安く作れる時代はすでに終わっている。母国並みもしくは母国以上のコスト最適化の取り組みを推進できるか。幸いなことにASEANにおいてはコスト最適化の余地が多分に残されており、本気で取り組むことで競争力にまで高めることもできる。

 いくつかアプローチが想定されるが、ひとつには、現場での「生産性向上余地」は大きい。例えば、トヨタ・モーター・タイは、改善を徹底し世界最高レベルの生産性を確立し、タクトタイムは世界最高水準の56秒、稼働率も90%台後半の世界トップクラスを誇っている。また東芝はマーケットの状況を踏まえて、従来の「ライン生産方式」から「セル生産+多能工」化することで、労働生産性を1.5 倍に向上させ、高い生産性とマーケットの要求へ柔軟に対応できる体制を構築している。

 各社ともなかなか手がつけられていない「調達コストの最適化」もASEANにおいては重要なテーマである。調達先のレベルやプレイヤーも日々変化していく中で、各社ともに最適なコストで最適な調達を実現できているとはいえない。近年、ローランド・ベルガーでもASEANにおける調達コスト最適化のコンサルティング依頼が非常に多い。

 ある大手製造業では、調達最適化を実施することでインドネシアで極めて短期間で約10%の原価低減を実現した。また、冒頭でも触れたが、「ASEAN域内での生産分業」によるコスト最適化も今後の極めて重要なテーマである。特に自動車部品メーカーではいち早く労働集約型事業をミャンマーやカンボジア、ラオスに移管し、メコン地域での生産分業に着手している。経済レベルや産業集積のレベルが多様な国々の集合体であるASEAN域内でいかにうまく分業を行いながらコスト最適化を実現していくことができるかは、製造業にとって今後の重要課題と言える。

内需型企業〜 "現地化"と"日本の強み"のベストミックス

 食品やアパレルといった内需向け産業は、各国の購買力の向上と人口拡大に伴い、今後大きな市場拡大が見込まれる。ASEAN市場は、極めて多様性が高く、消費財メーカーにとっては難しい市場と言える。ASEAN総市場では人口規模も大きく魅力的であるが、それぞれの国や顧客セグメントで見れば非常に細分化された市場であり、ひとつひとつの市場セグメントは決して大きくない。"総取り"が難しいASEANでどう戦っていくのか。

 一般的に各国毎に「ローカライズ」された商品・サービスが不可欠だと言われる。確かにそれは事実であり、ASEANで成功している企業・商品の例を見れば、各国の文化・生活様式・嗜好・購買力等に合致した商品の開発・投入は極めて重要といえる。各国消費者のニーズを的確に捉えることが必要であることに加え、特に重要なポイントは各国の各消費者セグメントの購買力をしっかりと見極めることにある。またその多様な消費者セグメントの中で、どの層を狙っていくのかを丁寧に定義することが不可欠であり、そこに合わせた商品投入や価格設定、チャネル選択、マーケティングが必要である。

 TOTOは潜在的にウォシュレットが受け入れられ易い環境にあるとしてインドネシアへの投入を決めたが、富裕層ではなく売上の規模を追うにはマス市場への参入が不可欠と判断した。そのためにTOTOは機能面の取捨選択を徹底し、スペックダウンによりローカルに適正な価格のウォシュレットをインドネシアのマス向けに供給した。ASEAN市場で規模を追求するためにはマスセグメントへの参入は不可欠であり、マスセグメントを狙うためには各市場に合致した商品機能と価格の見極めが肝である。

 また、先に触れたサントリーの子会社であるCerebos は、各国の市場を細かく分析し、各国の消費者のセグメンテーションを緻密に実施。その上で、各国毎、さらには各国の各セグメント毎に合致した商品スペックや価格を決めている。流通経路についても、各国毎に最適なディストリビューションパートナーを選択している。また、それら各国の市場調査から戦略構築、実行までをほぼ各国オフィスの現地スタッフに任せていることも大きな強みとなっている。

 各国毎に多様な消費者が存在する中で、本社や日本人駐在員では到底細かなところまでは見ることはできない。このような状況では、むしろ各現地が質の高い戦略を構築できるように、市場調査の手法や戦略構築の考え方を浸透させ、教育を行い、現地への大幅な権限委譲を行うべきである。

 一方で、競争が厳しいASEANで勝っていくためには、単に現地に合わせるだけでは不十分で、いかに日本企業が持っている強みを競争力として実現していくかが求められる。Cerebosは、マスセグメントにおいては徹底的に現地化を進めるが、プレミアムセグメントの商品には日本発の技術や日本製の製品を投入し「日本品質」で差別化を図る。機能分担においても、マーケティングや商品開発は現地で進めるが、R&Dに関してはサントリー本社の技術力や研究所を活用している。

 TOTOもウォシュレットという独自の強みをコアの提供価値に置きつつ、ローカライズしている。ユニクロの東南アジア展開においては、カジュアル衣料をよく着る20〜30代の中間層をターゲットに置き、マス市場を狙うものの、あえて日本と同レベルの品質基準で他ブランドとの差別化を図っている。ユニクロはホーチミンやダッカにも生産拠点を抱えるが、経験豊かな人材で構成された匠チームを設置し、匠チームを中心に、現地工場で品質・生産進捗の管理を徹底。日本と同じ品質が担保される仕組が整備されている。

 以上のように、内需市場で戦っていくためには、緻密な市場分析に基づきターゲットセグメントと提供価値を明確に定め、いかにターゲット市場毎に、"現地化"と"日本の強み"のベストミックスを実現するかが、成功に向けた鍵である。

政府系入札案件〜 "グローバルベスト"の提案

 多様な経済ステージにあるASEANには、インフラ整備を中心とした多くの開発投資案件が存在する。多くは政府主導での入札案件である。これらの開発案件も日本企業にとっては重要な事業機会である。ASEANにおけるこういった案件は、これまでの歴史的な関係性の中で日本企業に有利だと見られていた。しかしながら、近年その状況は大きく変わってきている。ASEANにおける開発案件は世界中の企業が受注を狙っており、もはや日本企業に有利な状況は少なくなってきてる。特に、近年急速に経済自由化を進めてきたミャンマーといった"明後日の新興国"市場への投資は、世界中の企業が総力戦で狙いに来ている。

ミャンマーにおける携帯電話事業の事業者選定事例

 従来どおり、日本政府によるトップ外交や、日本企業による各国政府への直接的働きかけや渉外活動は引き続き重要であることに変わりはないが、近年はより合理的かつオープンな入札プロセスに変わりつつあり、より本質的な企業の提案力・実力が試されるようになってきている。特に、ミャンマーでの大きな開発投資案件のひとつである携帯電話事業者選定は、この入札プロセスで実施され、グローバルトッププレイヤーがベストな提案をした例として注目されている。グローバルトッププレイヤーを含む91社が意思表明を行い、事前審査を通過した11社がグローバルトップレベルの提案を実施、その中から合理的な評価基準に基づき、2社が選定された(図表5)。

 グローバルプレイヤーは国籍を超えたパートナーシップやローカル企業とのパートナーシップなども含め、各案件でベストの体制でベストの提案をもって戦ってくる。当然多国籍アライアンスのほうが国間のパイプも太くなるし、案件によってはローカル企業とのパートナーシップが有利な場合も多い。激しいグローバル競争において、単に日本企業だから有利という時代は終わった。日本企業がこれからASEANの開発案件でさらに存在感を発揮していくためには、グローバルで戦える布陣を柔軟に組める力、そしてグローバルベストの提案ができる力を身につけていく必要がある。

 以上のように、企業・事業のタイプによってASEANでの成功に向けた要件はそれぞれ異なる。魅力的な市場ではあるが戦略構築の難易度が上がっているASEANにおいて、残念ながらすべての企業に当てはまる成功の方程式は存在しない。これまで述べてきたように、各企業が"現地現物"で自社が戦っている市場を徹底的に深く理解するとともに、シナリオプランニングによって将来を先読みし、将来の環境変化やニーズに迅速に対応できる構えを持つことが、ASEANで戦っていくための最も有効なアプローチだと考える。冒頭でも触れたが、ASEANは競争戦略という観点からは非常に"面白い"市場であり、まさに"戦略性が問われる"市場である。新たな事業機会も豊富なASEANにおいて日本企業がそのチャンスを勝ち取っていくことを強く期待したい。

著者プロフィール

山邉 圭介(Keisuke Yamabe)

ローランド・ベルガー アジアジャパンデスク統括 パートナー

一橋大学商学部卒業後、国内系コンサルティング・ファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。自動車、部品、建設・住宅、航空、消費財、など幅広い業界において、営業・マーケティング戦略、ブランド戦略、グローバル戦略、事業再生戦略の立案・実行支援に豊富な経験を持つ。近年は、新興国戦略の分野で数多くのプロジェクトを手がける。アジア・ジャパン・デスク担当。


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