CIOに求められるのはIT活用のセンス──産官学の協力で日本の競争力を向上する国際CIO学会研究大会講演会「日本産業の未来」(1/2 ページ)

IT産業競争力の現状と課題を企業のCIOはどのように認識し、どのように対応しようとしているのか。このとき産官学でどのような取り組みを推進していけばよいのだろうか。

» 2014年01月28日 08時00分 公開
[山下竜大,ITmedia]

 国際CIO学会と早稲田大学電子政府・自治体研究所は2013年12月11日、早稲田大学国際会議場(井深ホール)において、国際CIO学会研究大会講演会「日本産業の未来」を開催した。パネルディスカッションの第1部では、経済産業省商務情報政策局長 富田健介氏、ライオン代表取締役会長 藤重貞慶氏、東京工業大学・大学院教授(国際CIO学会理事、元経営情報学会会長)飯島淳一氏と早稲田大学准教授(国際CIO学会理事兼事務局長)の岩崎尚子氏をモデレータに「IT産業競争力の現状と課題」について活発な議論が行われた。

成果が出はじめた経済政策、次に企業が取り組む課題とは?

 パネルディスカッションではまず富田氏が、アベノミクス成長戦略の経済産業省の取り組み状況と進捗について紹介。2012年末に発足した第2次安倍内閣は、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」で構成される「3本の矢(アベノミクス)」と呼ばれる経済政策を展開している。

写真右から飯島氏、藤重氏、富田氏、岩崎氏

 「第1の矢および第2の矢は、円高やデフレの解消、株価の高騰などで一定の成果を上げており、企業の業績も回復しつつある。上場企業 589社の6〜9月期の決算では、6割の会社が増収増益を発表している。ただし景気回復の兆しを、現実的かつ持続的な成長軌道に乗せていくためには、まだいくつかの課題が残っている」(富田氏)

 第1の矢、第2の矢で企業の業績が回復してきたとはいえ、まだ設備投資に結びついてはいない。また賃金体系も物価水準が下落したときのままであり、賃上げも課題の1つである。さらに少子高齢化や2014年4月より8%に引き上げられる消費税なども、今後さらなる成長を目指す安倍政権にとって、早急に対応しなければならない課題である。

 「特に消費税を上げることで、一時的に景気が後退するのではないかという懸念は大きい。この一時的な景気後退を乗り越えて、成長戦略をいかに推進するかが大きな関心事項といえる。そのための施策として、企業の設備投資や研究開発を促進するための1兆円の減税措置が盛り込まれている」(富田氏)

 このような政府の経済政策下において、日本の産業競争力の問題点および課題を藤重氏は、次のように語る。「20世紀は"ものの豊かさ"が幸せの実感を決める時代だった。しかし21世紀に入り、幸せの方程式が変化して、"心の豊かさ"が幸せの実感につながる時代になった」

 「心の豊かさ」とは、将来に対して明るいイメージを持てるか、将来の不安に対するソリューションが見えているか、気持ちの準備ができているか、実行や実現ができているかを意味する。藤重氏は、「将来の不安とは、"爆発的な人口の増加"と"少子高齢化"の2つ。この不安を解消するソリューションの提供がビジネスチャンスになる」と語る。

 人口の増加により、人々が生活をしていく上で必要な、水や食料、エネルギーなどが不足してくる。同時に生活により生み出される排泄物や廃棄物、ゴミ、CO2などの処理が問題になる。「新しい技術によるエネルギーの創出や再利用による循環型の社会の実現が大きなビジネスチャンスになる」と藤重氏は言う。

 一方、日本企業が抱える課題は、「文化発信力の強化」「コミュニケーション能力の強化」「ビジネスモデルの提案力」の3つ。「文化発信力の強化」では、清潔衛生文化、健康快適文化、共助社会文化の発進力を強化することが重要。「コミュニケーション能力の強化」では、英語はもちろん、アジアに進出する場合には中国語が不可欠になる。

 さらに日本の優れた要素技術を組み合わせ、ビジネスモデルとして提案する「ビジネスモデルの提案力」の強化も重要になる。具体的な取り組みとして藤重氏は、「今後の日本は55歳〜75歳のアクティブシニア市場が重要。1500兆円と言われる市場で、アクティブシニアに向けた商品やサービスの提案力が必要になる」と話している。

クラウドやソーシャル、新しい技術で日本を世界に売り込む

 クラウドやソーシャルメディアなどの新技術は、産業競争力にどれだけ寄与しているのだろうか。飯島氏は、「ITの利活用における質が変化している。情報化社会という言葉が使われるようになったのは1960年代だが、ようやくパラダイムシフトが起きはじめている」と語る。

 例えば損害保険会社では、保険商品の販売プロセスに変化が起きている。飯島氏は、「これまでは代理店による提案型だったが、現在の保険商品は、顧客による部品の組み合わせ型になっている。その背景にはITの普及発展により、顧客が賢くなってきたことがある。顧客の要求に柔軟に応えるためにはITの能力が不可欠である」と話す。

 こうした社会の変化を米国の未来学者であるアルビン・トフラーは、1980年に発表した著書「第三の波」で「プロシューマー」という概念で表している。プロシューマーとは、プロデューサーとコンシューマをあわせた造語で、消費者が商品をプロデュースすることを意味する。「1980年代に発表された概念が、いま現実になっている」と飯島氏は語る。

 また技術の発展では、センサー技術が急速に発展している。これにより、ビッグデータが生み出され、大量のデータをいかに素早く分析するかがカギになる。飯島氏は、「勘と度胸とどんぶり勘定の時代は終わったが、ビッグデータ分析においては、従来型の分析手法だけでなく、直感的な思考も必要であり、バランス感覚が重要になる」と言う。

 「クラウドやソーシャルネットワークに関しては、広く利用されつつあるものの、まだセキュリティや個人情報保護などの問題も残っている。導入する企業が、自社の求めるアーキテクチャに、新しい技術があっているかどうかを、きちんと見きわめる必要がある」(飯島氏)

 クラウドやソーシャルネットワークなどの新しい技術を活用することで、経済産業省では「クール・ジャパン戦略」など、ソフトウェアコンテンツ産業の拡大に取り組んでいる。富田氏は、「モノを製造することと、消費者が購買するという単純な関係が変化し、距離が縮まっている。ここにサービス業という新たな価値が生まれてくる」と話す。

 サービス業は、日本のGDPの70%を占める大きな産業であり、従業員数の割合も76%になる。サービス業も業種・業態さまざまだが、日本のIT分野を米国のIT分野と比べると生産性はかなり低い。しかし金融や流通におけるITの利活用を見ると、投資額はそれほど低くない。生産額に対するIT投資額を見た場合、日米でほとんど差はない。

 「ただしIT投資の中身が問題である。日本企業の投資は業務の効率化、コスト削減を目的とした"守りの投資"である。一方、米国企業は、新規サービスの開発を目的とした"攻めの投資"である。IT活用をコストではなく投資ととらえ、いかに攻めの投資に転じるかが日本企業の課題といえる」(富田氏)。

 富田氏は、「日本にはすばらしい食、アニメ、おもてなしなどの文化があるが、それをうまく海外に伝えられていない。今後、クール・ジャパン戦略の一環として、日本のすばらしいサービス産業を、グローバルに展開していくことが必要になる。そのためには、ITインフラの整備が最重要課題になる」と話している。

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