ITリーダーは「なさざる罪を恥じよ」を肝に銘じる「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(1/2 ページ)

印刷インキの製造と販売で1908年に創業したDIC。印刷インキの基礎素材である有機顔料、合成樹脂に事業を拡大し、世界60カ国以上で事業を展開するDICの情報システムを支えるITリーダーの心得について聞いた。

» 2014年08月19日 08時00分 公開
[聞き手:重富俊二(ガートナー ジャパン)、文:山下竜大,ITmedia]

 1977年4月に当時の大日本インキ化学工業(現、DIC)プラスチック事業部にセールスエンジニアとして配属され、大手飲料・食品メーカー向け製品の販売を行うとともに、現在でも製造販売されているディスポーザブルな密閉容器を企画立案し、日本市場に投入するなどの実績を上げてきたDIC 情報システム本部長の小田滋氏。(当時)

 2001年9月より、次世代情報システム構築を目指す情報システム部門に異動となり、それから13年9カ月に及ぶ情報システム部における経験で培ったユーザー企業におけるITリーダーのあり方、心得などについて話を聞いた。

苦労は人を大きくする

 ――これまでの経験でもっとも記憶に残っていることをお聞きしたい。

DIC 情報システム本部長の小田滋氏(当時)

 記憶に残っているのは、「苦労は人を大きくする」という言葉である。ある"シーズンもの"の新商品を担当していたときに、お客さまの技術部門とマーケティング部門、資材部門での駆け引きに直面したことがあった。

 技術部門はより良いものを求め、マーケティング部門はより迅速な市場投入と十分な在庫の確保を求め、資材部門は安定した効率的生産でコスト削減を求めていた。しかしこれは、各部門の要望であって、会社の要求ではない。

 そこで各部門間の調停役を買って出た。このとき苦労はしたが、良い経験も数多くあった。例えば利害対立の関係者での議事録の作成で文書力が向上し、課題整理と調整能力が身についた。最終的に各部門の担当者の信頼を得ることもできた。

 こうした経験はシステム開発の要件定義でできるはずだが、日本人はディスカッションが苦手なためにあまり経験できていない。日本の会議では、やるか、やらないかを決めがちだが、欧米のディスカッションでは、要件をA、B、Cと優先度を決める。

 例えば、Aは「必ずやる」、Bは「Aをやって予算と期間があればやる」、Cは「さらに予算と期間があればやる」といった具合だ。もちろん全てが盛り込めれば大成功だが、評価が分かりやすくなっている。また、やるかやらないかではなく、どうすればやれるかを考えるのがディスカッションである。

 ――会社での最初の経験がその後に大きく影響するという話を聞くが……。

 よく「名SEは必ず名プログラマーなのか」「独り立ちするのに何年かかるか」という話をする。名SEは名プログラマーでなければならないという意見と、そうではないという意見がある。

 SEは管理職なのか、プログラマーとして一流の人がコントロールできるのかという問いの答えを私自身は持っていない。ただし名セールスマネジャーは、必ず名プレイヤーでなければならない。なぜなら部下が失敗したときにバックアップしなければならないからだ。

 トップ営業の経験がなければ、部下の失敗をフォローできない。そういう意味では、名セールスマネジャーは、名プレイヤーである。しかし、名プレイヤーが必ず名セールスマネジャーになれるわけではない。営業としては優秀だが、管理能力のない人は多くいる。

 つぎに、独り立ちするのに何年かかるかという話だが、これも残念ながらIT業界での、明確な答えはない。しかし、一人前になるまでの期間が短いのがIT業界の特徴である。一般的には、一人前になるまでに5年かかるといわれているが、IT業界は2年で一人前になれる。

 一人前になれば、自分の仕事が成功か失敗かを判断できる。失敗を自分で解決できるか、できないかが次の段階を決めることになる。入社から5年間での経験が生かせない人や十分な経験をできなかった人はどこかでミスをして消えることになる。

50歳になったときにどうなっていたいか

 ――いまの若手メンバーに対して言いたいことは。

 35歳以下の若手メンバーに対しては、35歳以上になると管理職候補生になることが多いので、いかにベテランの域に入っていくかが重要。若手メンバーには、「あなたが50歳になったときにどうなっていたいか」、つまり"素敵な50歳"を迎えるために、どのような人になっていたいかをイメージしておかなければならないと言いたい。

 ただ生きているだけの50歳なのか、これまでのキャリアが自信となって顔に表れ、颯爽としている50歳なのか。自分が思う成功のイメージにたどり着くために、いま何をしなければならないのかを5年刻みにしっかりと考えてほしい。

――ご自身は35歳のころに50歳のイメージを持っていたか。

 もちろん35歳のころ50歳の自分をイメージしていた。仕事ももちろんだが、私自身は、シャーロック・ホームズとジェームス・ボンドのダンディズムをこよなく愛している。たばこは吸わないが、パイプと葉巻はたしなむ。ブランデーも必要。もちろん中折れ帽も……。

 ただ帽子だけはかぶってはみたが違和感があった。それ以外は、50歳でイメージしていたライフスタイルは身につけている。イメージを持ち続けたことで結果が出たと思っている。

成功体験を否定することも重要

 ――システム開発だけだと将来をイメージするのが難しいのでは。

 創造性の鍛練という意味では機会が少ないかもしれない。この意味ではウォーターフォール型の開発に携わってきた人たちには難しい面もあるかもしれない。現在、ウォーターフォール型で大規模基幹システムを構築しようとすると要件定義に5年かかる。5年経つと業務要求そのものが変化してしまう。そこでパッケージ開発やアジャイル開発に注目が集まっている。

 現在は100%理解してスタートしたのでは、そのシステムができ上がったときには役に立たないものになっている。ウォーターフォール型の開発をしている人たちが、いくら声を大にしたところで、そのやり方は間違っていると言わざるを得ない。

 ――現在のビジネス上の最重要課題は?

 現在、ビッグデータとBAの時代と言われているが、製造業では30年前から言われていることである。1970年代には、売れるモノを作るためにデータでものを考えろといわれていた。SNS、eMarket Place、カード情報などの多変量解析や共分散構造分析では威力を発揮していると思うが、基本は統計学。いまさらなぜビッグデータなのかと思っている。

 過去の成功体験に基づくKKD(経験、勘、度胸)ではなく、データと真実でものを言うことが必要である。よく真実と事実がどう違うのかを聞かれるが、事実は歯車の歯であり、真実は時計を作ることである。歯車がどのような形かという事実は、重要ではあるが機械工学上決まっている。逆に、この形の歯車だから時計の歯車という定義はできない。真実があって事実があるのであり、事実から真実を見通すのはきわめて難しい。

 過去はウォーターフォール型で対応できたが、現在はスピードが格段に違うので適用できない。過去は捨てる勇気も必要である。成功体験を否定することも重要である。成功体験にしがみついていたのでは、それ以上の成長は期待できない。

 日本ではシステム設計というが、海外ではシステムデザインという。デザインとは抽象化してまとめていくことである。日本では標準化という言葉の方が近いかもしれない。デザインという観点になれば、歯車の形を変えたほうがよい場合もあると思う。

 当初は、過度な手段を使わなくても最小限の手段で動く時計でかまわない。より精巧なクロノグラフのような時計が必要であれば、それに最適な手段を用いればよいのである。

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