VUCAワールドを勝ち抜くために経営者は何をするべきか?視点(3/3 ページ)

» 2014年12月15日 08時00分 公開
[鬼頭 孝幸(ローランド・ベルガー),ITmedia]
Roland Berger
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3、VUCAワールドで勝つために経営者がすべきこと

 こうした状況において、これからの経営者は何をすべきだろうか。最後に、日本企業の経営者が、先にあげた5つのポイントを実現する上で、今後取り組むべき9つのアクションを提言したい。(図C参照)

・アクション(1)現状に“懐疑的” であり続ける

図C:取り組むべき9つのアクション

 まず大切なことは、常に現状に対して疑問を持って物事を見る、ということだ。全てを否定する必要はないが、現状の戦略、既存事業、オペレーションや組織のあり方など、自社の“常識”となっていることが本当にそのままでいいのか、常に疑いの目を持って見ることが大切となる。

 どこかにまだまだ改善、改革すべきことがあるのではないか、本当に今のやり方がベストなのか。今の自社の優位性は、本当にこれからも継続するものなのか。例え自社の成功体験に基づくものであったとしても、あえて疑ってかかって見る。そうすることによって、イノベーションの可能性も開けてくる。

 そのためには、自問自答することももちろん大切だが、より重要なことは、事業の責任者や担当者に対して、経営者が常に疑問、質問を投げかけ続けることだ。質疑応答を繰り返す中から、新たな“発見” があることも少なくない。独立性の高い社外取締役を採用して、社外の目から客観的に疑問を投げかけ続けてもらうことも有効だろう。

・アクション(2)“未来” “将来像” を描く

 そして、将来を見通す努力を続けることも欠かせない。2〜3年先だけではなく、10年先、20年先を見通し、どのような社会であるべきなのか、その時に自社はどういった存在意義を持った企業としてあるべきなのか、そのためにはどういった事業を展開しているべきなのか、どういった商品やサービスが求められるのか。将来のビジョンやシナリオを描くことが重要だ。

 もちろんVUCAワールドにおいて将来を正確に見通すことはできないが、一方で高齢化や世界経済の多極化、新興市場の台頭、環境問題などといったメガトレンドは、明らかに現実化し、将来にわたって大きなインパクトをもたらすものでもある。日本国内で考えてみても、人手不足は今後慢性的な問題となりえ、これまで人手に依存してきたビジネスは省力化などの対応を必ず迫られる。そうした“メガトレンド” は押さえた上で、自分なりの将来の見通しをしっかりと持っておきたい。大切なことは、それが“正解であるかどうか” ではない。自分なりの“将来像” を持っているかどうか、である。

・アクション(3)“技術革新のインパクト” を徹底的に考え抜く

 “未来” を見通していく上で無視できない要素が、技術革新だ。技術革新は、新たなビジネスを生み出すことはもちろん、ビジネスモデルやバリューチェーンを変革し、組織や経営管理のあり方をも変えていくインパクトを持つ。自社のビジネスにおいて、技術革新がどのような影響を持ちうるのか、あるいは技術革新によって、自社にどういった新たなビジネスチャンスが生まれるのか、徹底的に考え抜くことが欠かせない。

 いまや技術革新に無縁でいられるビジネスなど存在しない。インターネットはもちろん、ロボットや自動化技術、ビッグデータ、新たなハードウェアやアプリケーションなどが次々と誕生し、ビジネスのあらゆる面にそのインパクトは及ぶ。

・アクション(4)組織に“遊び” をつくる

 将来を見通したり、技術革新のインパクトを考えたりすることは、決して一人や少数の人間だけでできるものではない。もちろん、卓越した先見性を持つトップが鋭い洞察力で将来図を描いていくケースがないわけではない。しかし、それは極めて稀なことだ。多くの場合は、限られた人間の知恵や想像力では限界がある。

 そこで活用すべきなのが、組織の力である。つまり、社員たちの気付きや想像力を最大限に活用することだ。イノベーティブなアイデアで急速に業容を拡大してきたグーグルのマネジメントも、本当に破壊的なイノベーションはトップダウンでは生まれない、と言明している。彼らに言わせると、それはむしろ農業に近く、経営者の役割は現場でイノベーションのアイデアが生まれるように土壌を耕し、よい芽が出たら見逃さずに育てることだという。

 そのためには、組織を硬直化し過ぎないことが必要だ。担当業務や役割が明確に定められ、定められた範囲の業務を粛々とこなせばいいという組織では、イノベーションは生まれない。組織のあり方に、多少の“遊び” を持たせておくことが必要だろう。3Mの「15 パーセントルール」(社員が自分の勤務時間の15%は日々の業務とは無関係なことに使える) は、古典的だがその好例と言える。ガチガチの組織からはイノベーションは生まれない。組織のありようを見直してみることが、ひとつのカギとなろう。

・アクション(5)“異質” を認める、排除しない

 イノベーションを促進する組織であるためには、多様なバックグラウンドを持った人材がいたほうが良い。企業としての価値観など全員が共有すべきことはもちろんあるが、「金太郎飴」のような組織からはイノベーションは生まれづらい。

 性別や年齢、国籍、スキルや経験、考え方など、異なるバックグラウンドの人材でチームをつくることが大切だ。日本企業はとかく均質的な組織であることが多く、異質であることや多様性において、まだまだ十分とは言えない。よく言われることではあるが、今後はいかに「出る杭を伸ばす」ことができるかどうか、が問われてくる。

 もちろん日本企業も変わりつつある。外部からいわゆる「プロ経営者」を採用する例も増えてきている。トップだけではなく、外部から人材を獲得して組織を強化していくことも次第に普通になりつつある。女性活用の機運も高まっているし、積極的に外国人を採用している企業もある。日本企業も少しずつ多様性の獲得に向けて舵を切ってはいるが、問題はそうした多様で異質な人材を使いこなせるかどうか、彼ら・彼女らの力量をフルに発揮できるような環境を整えられるか、という点にある。まさに経営者の手腕の見せどころである。

・アクション(6)組織を“シンプル” にする

 VUCAワールドでは、意思決定や実行の遅れは致命的だ。常に迅速に意思決定し、素早く実行に移す。そしてその結果からフィードバックを得たらすぐに必要な軌道修正を施す。とにかくスピードが大切だ。せっかく有望なビジネスチャンスを見出しても、実行に時間を掛けていればあっという間にそれは有望ではなくなってしまう恐れがある。競合が先に市場を押さえてしまうかもしれないし、ビジネスモデルが陳腐化してしまうかもしれない。とにかく意思決定と実行のスピードを上げることが求められる。多少精度が粗くとも思い切って意思決定し、“走りながら考える” ことが必要だ。

 そのためには、まず経営者が常に意思決定に必要な情報を集め、準備しておくことが欠かせない。経営者が密に現場と接し、感度を高めておくことが大切だ。自ら現場に出向き、接点を持ち続けることも大切だが、一方で現場の責任者や現場の人間から的確な情報がタイムリーに経営者まで届けられるようにしておくことも必要である。そのためには経営者は常に現場とのコミュニケーションを絶やさないようにしなければならない。

 つまり、経営者と現場との距離を縮めることが重要となる。そしてそのためには、組織の構造をシンプルにすることがカギとなる。レポートラインが複雑であったり、組織の階層が複雑であればあるほど、経営者と現場との距離は開き、的確かつ迅速な意思決定を下すための情報が経営者にスピーディーに届きづらくなる。また、実行した結果についても理解が曖昧になり、必要な軌道修正を掛けられない恐れが高まる。

 また、組織としての実行スピードを高めるために、組織をシンプルにすることに加え、責任と権限の持たせ方についてもシンプルかつクリアにしておきたい。責任と権限が複雑に入り組んでいたり、曖昧なままだったりすると、スピーディーな意思決定や実行を阻害する大きな要因となる。日本企業にありがちな、「本社の意思決定が遅いから現地でどうしても勝てない」といった問題は、典型的な事例だ。できる限り組織の構造や責任・権限の持たせ方をシンプルかつ明確にしておくことが、スピーディーな意思決定と実行につながる。

・アクション(7)“専門チーム” “特殊部隊” をつくる

 意思決定や実行のスピードを高めていく方法のひとつとして、“専門チーム” や“特殊部隊” を活用していくことも考えるべきだ。特にこれまでに自社で経験のないことに取り組むような場合には、その領域に経験や知見のある人材を集め、その実行に責任を持つチームを組成することが有効である。

 最近では、消費財メーカーにおいてネット関連のビジネスを加速化するための専門部署を設置したり、あるいはソフトバンクのようにロボット事業を立ち上げるために専門のチームを組成したりするような例が増えつつある。

 イノベーティブな取り組みを実行していく際には、従来の組織の中では実行が難しいことも少なくない。「これをやる」と意思決定したら、既存の組織の中で中途半端にやらせるのではなく、相応のリソースを備えた専門チームを構築して実行に移していくことを考えるべきである。特に技術革新が絡むようなテーマや、自社でこれまであまり扱ったことのないようなテーマに取り組む際には、そもそも既存の組織にはその知見や経験がないことも多い。そこまで極端な例ではなくても、新たな取り組みを進める上で、既存組織の中では様々な成功体験や“常識”、しがらみが邪魔となり、実行に支障を来たすことは少なくない。こうしたことを避けるうえでも、専門チームを組成して短期間での実行を目指すことが大切になる。

・アクション(8)積極的に“外部” を活用する

 自社に経験や知見がないことに挑戦していくことも、今後ますます増えていくだろう。そういうケースでは、より積極的に外部を活用していくことが求められる。また、イノベーションを加速化していくためにも、自社だけで考えるのではなく、他社や専門家の知恵、知見を最大限活用していくことが必要だ。

 例えば自動運転技術は、もはや自動車メーカーが自社単独で開発できるものではない。サプライヤー、IT企業など、多様なプレーヤーが連携して開発を競い合っている。消費財メーカーも、ネット企業や流通企業など、他社との協業を加速化している。最近では、将来有望な技術やビジネスの“タネ” を得るべく、ベンチャー企業に積極的に投資する動きも増えている。

 いずれも、自社だけではイノベーションを起こしたりゲームの“ルールメーカー” になったりすることには限界があるために、積極的に外部を活用したり巻き込んだりする必要性があるということがその背景にある。将来を見通した場合に、どういった技術やノウハウ、知見が必要で、そのためにはどういった組み先とどのように連携していくことが望ましいのか。そうした“外部活用のグランドデザイン” を描いていくことが、経営者の大きな仕事のひとつとなっている。

・アクション(9)“キャッシュカウ” をつくる

 最後に大切なことは、既存事業の収益性を高め、“キャッシュカウ” として十分な利益を創出できるようにしておくことだ。組織に“遊び” を作ったり専門チームを立ち上げたり、あるいは外部を積極的に活用していくためには、どうしても相応の投資が必要となる。そのための“原資” が必要だ。

 既存事業の収益性が低いままでは、そうした“原資” を十分に確保することができない。日本企業では、既存事業の収益性が海外企業と比較して相対的に低いケースが少なくない。そうなると、既存事業の維持に追われてしまい、将来のシナリオの見定めやイノベーションを実現していくために投資することに、どうしても及び腰になりがちとなる。

 それを避けるためには、既存事業の収益性を高めることが欠かせない。低収益性が事実上放置されている事業が少なくないが、収益性が高まる見込みがないのであれば撤退も含む事業の再構築を考えるべきである。あるいは、業界再編を絡めた抜本的な策を考えることも一案だろう。いずれにしても、“キャッシュカウ” となるような事業を確立していなければ、VUCAワールドを乗り越えていくことは難しくなる。今まで以上に事業の収益性に対しては敏感になり、スピーディーに収益性を高めていくことが必要だろう。

著者プロフィール

鬼頭孝幸(Takayuki Kito)

ローランド・ベルガー パートナー

東京大学法学部を卒業後、米国系ITコンサルティングファーム、米国系戦略コンサルティングファームを経て、ローランド・ベルガーに参画。

エネルギー、ITを中心に、消費財・流通、金融、その他の業界を含め国内外の幅広いクライアントに対して、成長戦略、事業戦略、事業ポートフォリオマネジメント、営業戦略、M&A、業務改革、営業支援、ITマネジメント、コスト削減、などの豊富なプロジェクト経験を持つ。


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