恐竜は環境変化に適応できるか?――鉄鋼業界の雄、新日鐵住金のグローバル対応海外進出企業に学ぶこれからの戦い方(3/3 ページ)

» 2015年01月27日 08時00分 公開
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恐竜は「真の」グローバル企業に進化できるか?

 ここまで、新日鐵住金が置かれている環境の変化と最近の同社の取り組みを概観してきたが、最後に同社の今後の課題に関して考察してみたい。これから、新日鐵住金が競合企業に遅れをとったグローバル展開を推し進め、自社ならではの成功モデルを作り上るためには、どのようなアプローチを取れば良いのだろうか。そこには、主要な課題が2つあると思われる。

 1つ目の課題は、先述したグローバル人材の不足である。先にも述べた通り、新日鐵住金には海外で事業を創った経験のある人材が不足している。同社内では「海外拠点への技術移転のための人材争奪戦」が繰り広げられ、定年後の再雇用人材まで駆り出されており、海外展開の規模とスピードに人がついて行っていない状態にあると思われる。今後は、技術指導だけでなく、海外でビジネスを創り上げることができる人材を早急に育成・獲得して行かねばならない。

 外国人の採用と育成も拡大する必要があるだろう。これを実現するためには、終身雇用や年功序列といったこれまでのドメスティックカンパニーとしての成長を支えた制度に囚われず、人事政策を大胆に転換して行くことが求められる。評価制度や給与体系ばかりでなく、海外拠点への権限移譲など、人事・組織の制度をグローバルカンパニーにふさわしいものに再構築しなければ、せっかく育成した現地人材の定着と戦力化ばかりでなく、必要な人材の採用もおぼつかないかもしれない。

図1:IRフレームワーク(出典:バートレット&ゴシャール「地球市場時代の企業戦略」シンスターにて一部加筆) 

 2つ目の課題は、「グローバルレベルでの新日鐵住金独自のガバナンスの仕組み構築」という、非常に難しい課題である。この課題について、同社の海外戦略をバートレットとゴシャールのIRフレームワーク(図1参照)で考察してみたい。

 旧新日鐵の海外展開は、合弁会社に対するガバナンスをほとんど効かせておらず、海外展開開始初期の企業に多く見られるインターナショナルモデルにあたると考えられる。これに対し、現在の新日鐵住金は本社がコントロールを効かせる「ハンズオン」スタイルの海外展開に転換していることから、グローバルモデルにシフトしているように見える。高い品質を実現する力のある日本の本社が技術を中心にコントロールし、それを各拠点に展開することでアジア勢などに対する品質やサービスの差異化を追求しているようだ。

 しかし、このように各国の拠点を新日鐵住金色に染めるやり方は、大量の優秀な人的リソースを必要とし、前述した不足するグローバル人材が厳しい制約条件となる。一方、旧新日鐵の合弁会社形式で作り上げてきた海外拠点を生かす観点から考えると、マルチナショナルモデルを追求する方が理にかなっている面もある。新日鐵住金の今後のグローバル展開においては、マルチナショナルモデルとグローバルモデルをハイブリッドに組み合わせて、リソース面での制約を解決しつつ高品質の製品を生み出せるガバナンスモデルを構築する方が自然なのかもしれない。

 同社は、タイでの現地化の取り組みにおいては、現地で登用したスタッフ同士のやりとりの中で、現地の日系自動車メーカーの顧客ニーズを引き出す仕組みを整えるという、ローカル志向の取り組みを行っている。これは、品質の向上はグローバル志向、マーケティングや営業は現地固有のニーズに対応するローカル志向という、新日鐵住金流のハイブリッドモデルを構築するための試行のようにも見える。

 ただし、こうした取り組みを全社的な仕組みに発展させていくことは、容易ではないだろう。海外の合弁・提携先企業との調整のもとで、自社のガバナンスを効かせることができる形を拠点ごとに模索しなければならないからである。しかしながら、生産性で勝るポスコや海外の新たな競合に対抗するためには、グローバル色とローカル色を最適に組み合せたハイブリッドモデルを早急に築き上げることが、新日鐵住金の今後のグローバル展開の成功条件になるのではないだろうか。

 最近の新日鐵住金には、真のグローバル企業になれなければ海外勢に追い越されるという危機感が見られるように思われる。しかし、2013年度の海外事業売上は全体の4割を占めるまでに拡大したものの、利益ベースでは3600億の経常利益の内、海外事業の貢献は100億を下回っている(注9)。同社のグローバル事業展開はまさにこれからが正念場であり、CEOが2014年の年頭所感で打ち出した「競合他社とは異なる次元の存在」になれるかどうか、が問われていると言える。

 新日鐵住金は、過去に現地企業を資金面・技術面で支援してきた歴史と、海外での生産基盤という強みを有している。ぜひ、この強みを最大限に生かし、日本鉄鋼業界のリーディングカンパニーとして、グローバルでも名実ともにトップ企業となってもらいたい。また、新日鐵住金の取り組みは、海外の企業を買収してグローバル化を進めるビール業界やIT業界など、他業界のプレーヤーにとっても参考になるものとなるだろう。日本を代表する企業として、是非「範」となるビジネスモデルを作り上げてほしい。

  • 注1:日本経済新聞2014年10月7日
  • 注2:新日鐵住金ファクトブック2014
  • 注3:FACTA Online 2009年7月号「新日鐵が腰抜かした『アルセロール買収』」
  • 注4:High Tensile Strength Steel Sheets:高張力鋼板
  • 注5:日本経済新聞2014年7月4日
  • 注6:日本経済新聞2014年4月7日
  • 注7:日本経済新聞2014年6月4日
  • 注8:日本経済新聞2014年5月2日
  • 注9:日本経済新聞2014年10月7日

著者プロフィール

井上 浩二(いのうえ こうじ)

株式会社シンスターCEO。アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)を経て、1994年にケーティーコンサルティング設立。アンダーセンコンサルティングでは、米国にてスーパーリージョナルバンクのグローバルプロジェクトに参画後、国内にてサービス/金融/通信/製造等幅広い業種で戦略立案/業務改善プロジェクトに参画。ケーティーコンサルティング設立後は、流通・小売、サービス、製造、通信、官公庁など様々な業界でコンサルティングに従事。コンサルタントとしての戦略立案、BPRなどの実務と平行し、某店頭公開会社の外部監査役、MBAスクール、企業研修での講師も務める。


著者プロフィール

小林 知巳(こばやし ともみ)

株式会社シンスター パートナー・コンサルタント。アンダーセンコンサルティング(現アクセンチュア)にて12年間に渡り、組織・業務改革プロジェクトを数多く遂行。同社アソシエイトパートナーを経て、2000年に退社。以降、アウトソーシング事業、教育事業を展開するベンチャー企業の経営メンバーを歴任し、人材育成計画の立案・実践や企業研修の講師を務める。2009年、株式会社小林マネジメン ト研究所設立。同社代表取締役を務めながら、2011年よりシンスターに参画。数多くの企業の教育プログラムの開発を行い、講師としても活躍中。筑波大学大学院ビジネス科学研究科修士課程及び東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。


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