剣の極意から学ぶビジネス規範――ポジティブシンキングで「驚懼疑惑」を克服する「等身大のCIO」ガートナー重富俊二の企業訪問記(1/2 ページ)

エネルギー分野や運輸・交通分野、都市開発、復興支援、グローバル展開など、日本の未来づくりを支援する日本政策投資銀行。金融力による未来のデザインを支えるIT戦略とは。

» 2016年01月20日 08時00分 公開
[山下竜大ITmedia]

 1999年10月、日本開発銀行と北海道東北開発公庫の権利義務を承継することで設立された日本政策投資銀行は、「金融力で未来をデザインします」という企業理念に基づき、幅広い取引先基盤と産業情報の蓄積を生かし、「環境・技術」「社会インフラ」「地域」に強みを発揮できる、より高度な金融サービスを提供。中長期融資やプロジェクトファイナンスなどの「融資」、メザニンファイナンスやエクイティなどの「投資」、仕組み金融のアレンジャー、M&Aのアドバイザー、産業調査機能や環境・技術評価などのノウハウを提供する「アドバイザリー」の3つを事業の柱として展開している。

 1988年4月に日本開発銀行に入行し、大阪支店や東北支店、運輸省(現在の国土交通省)への出向など、現場での経験を活かし、現在は日本政策投資銀行の情報企画部長の藍場建志郎氏に、日本社会の豊かな未来づくりに貢献する金融サービスを支える日本政策投資銀行のIT戦略について話を聞いた。

常に新しいことにチャレンジする精神

――まずは、これまでのキャリアについてうかがいたい。

日本政策投資銀行 情報企画部長 藍場建志郎氏

 日本開発銀行に入行し、まずは融資部門に配属され、大阪支店を含めて約4年間、融資業務を担当した。その後、人事部を経験して、運輸省の海上交通局(現在の国土交通省 海事局)に出向し、外航海運政策に関わった。出向から戻り、財務部に5年間在籍して、東北支店に異動。財務部在籍中の1999年には、組織統合による日本政策投資銀行の誕生に立ち会った。

 東北支店では、融資業務を担当した後、企画調査課で地域の再開発案件に関与したほか、民間が中心となって公共サービスの提供を行う「PFI(Private Finance Initiative)」や「PPP(Public Private Partnership)」と呼ばれるスキームの啓蒙・推進活動に取り組んだ。その後、2005年に米国のスタンフォード大学国際政策研究所に派遣された。

 米国から帰国後、情報企画部に配属され、2008年の株式会社化に伴うシステム再構築等を担当したあと、松山事務所や南九州支店で産学官連携や地域活性化プロジェクトの支援に取り組んだ。その後、2014年に情報企画部に戻り、現在に至るまで日本政策投資銀行のIT戦略に関わっている。

――運輸省で外航海運政策に関わることになったのは自身の希望なのか。

 中央官庁に出向したいという希望を人事部に出したところ運輸省への出向が決まった。日本開発銀行は、中央官庁からどのように見られているのか、政策との関係はどのようになっているのかを若いうちに勉強したいと思ったのが出向を希望した理由だった。

――常に新しいことに取り組んでいるのは素晴らしいことだ。

 今回、情報企画部に2度目の配属となったが、それまでは同じ部署に異動することがなかったので、異動後の数カ月は一生懸命に配属先の業務に関する勉強をし、自分の考え方を組み立ててから業務に取り組むようにした。新しいことに取り組むことは以前から嫌いではなかった。常に興味を持つことが重要で、やってみたら面白いぞと自分に言い聞かせて取り組んでいると、それが実現したときに嬉しさが倍増した。

利用者側からシステム側へ180度の転換

――日本政策投資銀行におけるIT活用の課題は?

 従前は、長期・固定・低利の融資というシンプルな金融商品が中心であったため、システム自体もシンプルだった。その後、金融技術の発展など経済環境の変化や、組織的にも統合や株式会社化を経て、提供できる金融商品の多様化や業務の高度化が進展し、現行システムの改定などでは対応しきれなくなってきた。このため、現在、システムの再構築を行っているが、多様化する商品ラインアップや経営管理の高度化などに対し、いかに柔軟に対応できるシステムを構築できるかが重要な課題となっている。

 財務部に在籍していたときに、ホストコンピューターで稼働していた基幹システムをクライアント/サーバ(C/S)型のシステムに移行する基幹業務システム再構築プロジェクトに関わった。このときは、利用者の立場でシステム再構築に参加したが、当時はまさか自分がシステム側の責任者になるとは考えてもいなかった(笑)。

――ほかの企業でITリーダーを任されている人たちも、傾向として業務を経験してからITに関わるようになった方が増えているような気がする。

 東北支店のあと米国に留学させてもらったが、2006年に帰国して情報企画部に配属されてからが本格的なITとの関わりになる。当時、政府の特殊法人改革の一環として2008年10月に株式会社に移行することが決まっており、株式会社化に対応するためのシステム再構築を担当することになった。

 情報企画部は初めての部署で、かつ、いきなり課長として配属されたため、まずはメンバーがどんな仕事をしているか一人一人と面談を行った。面談を通じて、仕事のやり方が担当者やベンダーごとにバラバラで、統一されていないことに疑問を感じた。

 そこで標準的なフレームワークが必要だと考え、ITサービスマネジメントのベストプラクティスを体系化した「ITIL(Information Technology Infrastructure Library)」を導入することを宣言し、約1年半かけてサービスデスクの設置、「インシデント」「問題」「変更」「リリース」「構成」の各管理プロセスを導入した。

 当初は懐疑的な人たちもいたが、キーマンを中心に粘り強く説得し、導入を推進した。株式会社への移行に際し、このシステム再構築とITILの導入は大きなポイントだった。

――なぜITILだったのか。

 株式会社への移行に伴い再構築したシステムのリリースなどにより現場の混乱が予想される中で、「あの人に聞かなければ分からない」ということでは組織としてリスクが高いと感じた。暗黙知を形式知にすることが必要で、この考え方がITILにピタリとはまった。

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