自動車業界のメガトレンド――“MADE”を前提とした不確実性マネジメント視点(3/3 ページ)

» 2017年04月17日 07時17分 公開
[貝瀬斉ITmedia]
Roland Berger
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 一方で、事業ロードマップは意志であるため、客観性だけでなく、主観性も必要となる。 「これが自分たちの実現したい姿なのか?」、何度も自問しながら練っていくことで、策定後の各業務における活用度を高めることができる。自社の強みを洗い出し、それを活用してどんな戦い方ができるかという考え方で事業ロードマップを策定するケースをよく見かける。しかし、今の自社の強みが今後も生かしていくべき強みとは限らない。

 取り巻く環境の変化から、今後は大した武器にならない可能性も多分にある。逆に、今は足りない能力があっても、M&Aやオープンイノベーションなど外部を活用することで、迅速に手当てをすることも可能である。 故に、今の強みにこだわり過ぎず、また弱みを前提とせず、個々人の夢という青臭い議論も大切にしながら、事業ロードマップの策定プロセスを通じて思いを込めていくことが実は大切である。

(2)使いこなす

 創り上げた事業ロードマップは、あらゆる業務における判断のよりどころとして機能してはじめて、真価を発揮する。例えば、開発部門における技術テーマの優先順位づけ、その優先順位に沿った人事部門における採用計画や育成方針の濃淡づけ、経営企画部門における必要な能力獲得のための M&Aの対象候補抽出、財務部門における優先技術テーマへの重点投資、営業部門における優先技術テーマに対するOEMの受容性評価、調達部門における優先技術テーマに関わる新たな調達先の発掘など、あらゆる部門が事業ロードマップの実現に向けて一貫した取り組みになっていることで、競争力を具現化することができる。

 経営企画や開発部門が作ったものだからということで、他部門がその活用に対して意識が低い状況に陥らぬよう、生み出す過程から多様な部門の社員を巻き込んで、「これは自分たちの意志である」 と意識づけしていくことが重要となる。

(3)進化させる

 事業ロードマップは現時点で最も確からしいと思える仮説と先述したが、当然のことながら時間の経過と共にその確からしさは低下する。 そのため、定期的にレビューして、更新していくことが求められる。事業ロードマップを生み出すことはあくまで出発点であり、その後もアンテナを張って取り巻く環境の変化をキャッチし、少なくとも半年ごとにはアップデートしていく。

 変化は自社だけで捉えようとしても限界がある。顧客や場合によっては競合ともお互いに開示しながら自社のズレを把握し、それを競争領域として残すのか、それとも非競争領域として競合に足並みをそろえるのか、判断する。競合に事業ロードマップを開示するなど言語道断という声も聞こえてきそうだが、実際ドイツのOEMやサプライヤーでは行われており、日本のサプライヤーにも同様の動きが見られる。

 大きな投資をして開発した事業が、先行するのではなく孤立してしまい、市場として立ち上がらない、つまり回収機会を逸するという状況は避けたいという思いが強いためである。お互いに開示すれば、自社だけ大ハズレになるような事業開発に深入りする前に中止することができ、その分のリソースを別の有望事業開発にシフトさせることができる。そこに大きなメリットを見出しているのである。

 このような活動を着実に行っていくためには、体制の整備も必要である。 事業ロードマップのアップデートに関連する情報を収集すると共に、各部門の活動が事業ロードマップの着実な推進に整合しているかを検証し、遅れや不整合がある場合にはテコ入れしていく専任の部隊、いわゆるPMO(Project Management Office)が望ましい。

 留意すべきはこの PMOと各部門との距離感である。各部門の中に置いてしまうと事業ロードマップ推進に対する全社での足並みのそろい方が見えにくくなってしまう一方で、独立性が高すぎると各部門における進ちょくの理由も十分に理解できないまま、ただプレッシャーを掛けるだけの存在となり各部門と信頼関係を築くのが難しくなる。

 欧州OEMやサプライヤーのケースでは、各部門でしっかり実務経験を積んだマネジャークラスを独立したPMOに集めることで、各部門の進ちょくを客観的に把握・指摘する能力と、進ちょくの背景理解や解決策提案の能力を両立している。 このような工夫も含めて、継続して進化する仕組みを埋め込んでおくことも忘れてはならない。

(4)根付かせる

 事業ロードマップに基づく不確実性マネジメントは、一過性のものでは意味がない。手法として組織に定着し、当然のように各部門で整合した活動が行われている状況にする必要があり、そのためには様々な仕掛けが求められる。中でも重要なのは、社員一人ひとりがその有効性を実感し、自ら納得して日々の業務に反映していくための機会を意図的に生み出すことである。 そのために、「試す→共有する→対話する→理解する」 というサイクルを回していくことが鍵となる。

 「試す」とは、事業ロードマップを各部門/各社員の業務でどのように活用していくのか、具体的な事例を交えながら説明することを意味する。 もちろんコンセプトを社員一人ひとりがしっかりと理解してから取り組む方が望ましいが、理解できていなくてもまずは経験させて、後からその意味を理解してもらうというのもひとつのやり方である。

 「共有する」 とは、事業ロードマップを自分の業務にどう反映しているのかを、同じ現場の仲間に開示することを意味する。 同じ業務を行っている他の人が、事業ロードマップをどのように解釈して、どのような判断に活用しているのか、比較することで自分の業務でもさらにどのような生かし方があるのかを考える材料となる。

 「対話する」とは、異なる部門を含めて多様な社員が集まり事業ロードマップに対する解釈や使い方を直接議論することを意味する。事業ロードマップの実現というひとつの御旗の下で、それぞれの部門がどのような工夫をして、どのような貢献ができるのか、気づきを得る機会として有効である。目的を共有できていれば、異なる部門の社員が集まっても、自己防衛のための押し問答ではなく、建設的にアイデアが広がる場にすることも可能である。

 対話のきっかけづくりには社内向けのSNSやマッチングツールも活用できる。このようなサイクルを回していくために、不確実性マネジメントの必要性をトップがしつこく発信し続けたり、成果を見える化したり、成果だけでなく取り組んだ事実そのものを褒めたりするなど、外部からの働き掛けも忘れてはならない。

まとめ

 今後、車を取り巻く環境は大きく変化する。“MADE”というコンセプトで表現される変化は、生活者の車の持ち方・使い方に変化をもたらし、車両自体や事業者の業界構造にもインパクトを与えていく。一方で、変化に関わる変数も多いため、顕在化する確度やタイミングは読みづらい。このように不確実性が高まる今後、企業として備えるべきは、不確実性をマネージする術である。

 読もうとしても限界がある中、読むのではなく、あらゆる変化に能動的且つ効率的に対処するための仕掛けを組み込んでおくのである。そのような時代により大切なのは、不確実性を乗りこなした先で成し遂げたいこと、つまり「意志を込めた」自社のありたい姿である。

 ひとたび明確な御旗が掲げられれば、そこに向かって一丸となって走れる組織能力は、類いまれな日系企業の強みである。その強みを最大限生かして、不確実な時代にグローバルで勝ち残るための戦い方を改めて定義していくべきである。

著者プロフィール

貝瀬斉(Hitoshi Kaise)

ローランド・ベルガー パートナー

横浜国立大学大学院修了後、大手自動車メーカーを経てローランド・ベルガーに参画。その後、事業会社、ベンチャー支援会社を経て、2007年にローランド・ベルガーに復職。自動車グループのリーダーシップメンバー。自動車産業を中心に開発戦略、M&A支援、事業戦略、マーケティング戦略など多様なプロジェクトを手掛ける。完成車メーカー、サプライヤー、商社、金融サービス、ファンドなど様々なクライアントと議論を重ねながら「共に創る」スタイルを信条とする。


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