企業におけるシナリオプランニングの活用法VUCA時代の必須ツール「シナリオ思考法」(2/2 ページ)

» 2017年06月05日 07時05分 公開
[新井宏征ITmedia]
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現在の戦略や施策の妥当性を確認

 図1の吹き出しのとおり、複数の未来を描いたシナリオを元にして、どんな未来になったとしても、今の取り組みが対応できるのかどうかを検討するというやり方です。

 具体的に説明するために、図2にシナリオプランニングの例として、世界新聞協会が2007年に実施した「2020年の新聞事業」に関するシナリオを見てみましょう。ここでは13年後の新聞業界に影響を与える要因を分析し、図のような4つの未来を描きました。

 この4つの未来世界一つ一つを「シナリオ」と呼び、これらのシナリオを描く取り組みを「シナリオプランニング」と呼んでいます。それぞれのシナリオは、イメージしやすくするためにタイトルを付けています。

 図2のシナリオをひとつずつ見ていくと、まず右上の「ユア・アイズ・オンリー」と名づけられたシナリオでは、2020年において紙ではない「破壊的なメディアが支配」している状況で、新聞が「特定読者層」にしか読まれないものになっている世界が想定されています。これは現在の新聞業界からは最もかけ離れた未来です。

 左上の「サンダーボール作戦」は、同じように「破壊的なメディアが支配」しているものの、対象読者は「マス読者層」になっています。したがって、今の一般的な新聞に近いコンテンツが、例えばスマートグラスなどの現在では新聞とは関係ないようなデバイスに掲載されている未来の世界です。

 一方、下にある2つのシナリオは「従来のメディアが支配」する世界を描いています。つまり、今のように紙やWeb、アプリなどで新聞を読む世界とはあまり変わらない世界を想定しています。

 その中でも右下の「ダイヤモンドは永遠に」は「特定読者層」を対象にしているので、現在でいうところの業界新聞のようなものが2020年には主流になっているという世界。言いかえれば、新聞というメディアが特定のニッチな関心を持つ読者のものだけになる世界が描かれているシナリオです。その左横にあるシナリオ「ダイ・アナザー・デイ」は「マス読者層」が対象なので、今の新聞の世界が2020年にも主流であることを描いている世界になります。

図2:シナリオプランニングの例:世界新聞協会

 このようなシナリオの作り方は次回以降で紹介していくとして、今回は、このように未来の世界の可能性を複数描くのがシナリオプランニングなのだということを理解してください。

 その上で、「現在の戦略や施策の妥当性を確認」という活用場面の話しに戻りましょう。図2で示したように、新聞業界が行き着く未来として4つの可能性があります。

 このようなシナリオを踏まえて、現在取り組んでいる自社の戦略やプロジェクトなどが妥当なものかどうかを確認していきます。例えば、事業を検討する柱としている中期経営計画があるとします。その計画に盛り込まれているプロジェクトの計画などを、複数の未来のシナリオそれぞれに当てはめてみて、どの未来になったとしても、そのプロジェクトが自社に良い結果をもたらしてくれるかどうか、少なくともネガティブな影響を及ぼすものではないかどうかを検討します。検討した結果、十分にリスク管理ができていなかった部分などが見つかった場合は、その対策を盛り込んだプロジェクト計画に作り替えるなどの対応をしていきます。

目指すべき未来を踏まえた施策を作成

 もうひとつの活用方法は「目指すべき未来を踏まえた施策を作成」するというものです。ここでいう施策とは、図1にあるとおり、ビジョンや事業計画、研究開発計画などがあります。冒頭で紹介したシステム導入のロードマップや、人材育成計画などもこのような形で検討していきます。

 具体的には、図2のように複数の未来シナリオを作成し、その中でもどの世界になると良いのかを検討します。その上で、最良の未来シナリオにおいて自社が最良の結果を出せるような事業テーマや研究開発テーマ、システム導入のロードマップを検討していくのです。

 弊社が行った事例では、ある企業におけるシステム導入のロードマップを検討するために、この活用方法を実践しました。具体的には、システムを導入する企業が行っている事業を取り巻く世界の5年後について考え、未来シナリオを4つ作成しました。その上で、最も良いシナリオで最も価値を出すことができ、残りの3つのシナリオになったとしても対応できるようなシステムはどのようなものか、そのシステムにはどのような機能があれば良いのかを洗い出し、ロードマップに盛り込んでいきました。

 今回はシナリオプランニングの活用方法を紹介してきました。現在の戦略や施策の妥当性を確認するのか、目指すべき未来を踏まえた施策を作成するのかどちらにせよ(実際には両方を意識しながら進めていくことが一般的ですが)忘れてはいけないのは、シナリオプランニングに取り組む目的です。

 前回取り上げたように、未来は現在の延長ではないと意識した上で、どのような未来になっても対応できるような柔軟性を持った事業やシステムを作っていくために必要なことを考えるということです。言いかえれば、想定外の世界を事前に想定することによって、変化の激しい未来への対応力を高めること。これがシナリオプランニングに取り組む理由なのです。

著者プロフィール:新井宏征

スタイリッシュ・アイデア代表取締役。産業技術大学院大学 非常勤講師。

SAPジャパン、情報通信総合研究所を経て、2013年より現職。シナリオプランニングやプロダクトマネジメントなどの手法を活用し「不確実性を機会に変える」コンサルティングやワークショップを提供。東京外国語大学大学院修了。University of Oxford Said Business School Oxford Senarios Programme修了。

主な訳書に『成功するイノベーションは何が違うのか?』、『プロダクトマネジャーの教科書』、『90日変革モデル』(すべて翔泳社)、主な著書に『世界のインダストリアルIoT最新動向2016』、『スマートハウス/コネクテッドホームビジネスの最新動向2015』(インプレス)などがある。


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