転換期を迎えたベトナムのヘルスケア産業と事業機会飛躍(4/4 ページ)

» 2017年06月06日 07時06分 公開
Roland Berger
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3.1 公立病院時代の事業資産の承継と経営合理化:先行する中国のベストプラクティス

 この点、特に参考になるのが、民営化で先行する中国での成功例/失敗例だ。中国の民営化成功事例にはいろいろなパターンがあるが、共通している部分もある。

 特に、どの成功事例でも必ず挙げられるのは「経営の合理化」、すなわち、コスト低減だ。公立病院は、民間病院が採用することが難しいような優秀な医師を多く抱えている。病院事業で最も重要な資産である優秀な医師陣をはじめからそろえられていることは、民営化病院の最大の強みだ。一方で、公立病院であるがゆえに、経営という観点では非常に脆弱(ぜいじゃく)で、高コスト体質であることが多い。言い方を変えれば、民営化後にまず取り組むべきは、コスト体質の改善・強化だ。中国の大手ヘルスケアグループである復星グループは、2013年に佛山禅城病院(Foshan Chancheng Central Hospital)の株式を6割獲得した後、患者需要の大きいリハビリや耳鼻科などの診療科を増設し、患者数を急拡大させた。同時に、投資リスクを最小限に抑えるため、プロフィットシェアリングなどによって外部へリスクを分散している。また、自社による投資抑制が減価償却費抑制にもつながっている。

 研究費なども合理化対象になりやすい。中国の公立病院は、収益が低いと補助金が得られるため、収益を出すくらいなら研究費として使ってしまう、という傾向がある。その結果、研究費の割り当ては、明確な判断基準もなく、研究成果に結びついたかどうかも評価されない。2003年に民営化された宿遷市人民病院(Suqian Hospital)は、この部分にメスを入れて成功した事例の1つだ。新たに課題申請・実績審査部門を設け、診療科単位で研究結果を評価し、医師にとって重要なインセンティブである研究基金の配賦に細心の注意を払いながら、研究費の合理化に成功、純利益を年率32%で増加させた。

 民営化後に、公立病院時代の患者を引き継げるか、というのも大きなポイントだ。民営化と同時に患者が離れてしまっては成功はおぼつかない。公的保険の償還を引き続き認めてもらえるよう当局と交渉したり、民間保険患者をうまく取り込むなどしたりして成功したのが岳化病院(Yuehua Hospital)だ。中国人民解放軍用病院として設立された後、1975年に地方所轄に移行、主に中石化等の国営企業社員向けの病院として運営されてきた。2012年に民間グループの天健華夏(Tendcare Medical)による民営化された際には、公的保険償還の継続適用を勝ち取ると同時に、中石化をはじめとする企業保険の承継にも成功し、患者流出リスクを抑えた上で民営化に踏み切った。結果的に民営化後の患者数は前年比8%も上昇した。

 こうした中国での民営化事例は、ベトナムでも活用できる点が多いだろう。まずは「患者や医師の流出リスクがないか」「経営合理化への道筋は見えているか」について精査すること。その上で、民間病院ならではの医療水準の向上策/公立病院との差別化戦略が描ければ、成功する確率は高い。

3.2 医療機器のアップグレード

 ベトナムならではのバリューアップとしては、やはり医療機器のアップグレードであろう。古い機器が多いベトナムでは、機器の近代化により医療品質の向上、ひいては患者の信頼獲得が期待できる。

 例えば、ベトナムでの画像診断装置市場は、2015年時点で約750台、2020年には1.5倍の約1200台に拡大すると見込まれている。特にCTやMRIは、患者獲得の観点からも装置アップグレードのニーズが高い。一方で、こうした高度医療機器の導入には莫大(ばくだい)な投資が必要だ。前述の復星グループのように、プロフィットシェアなどを活用しながら導入していけば、バリューアップできる可能性は高い。現に、ベトナムでも、プロフィットシェアによる高度医療機器の導入事例は増えつつある。また、プロフィットシェア以外でも、レンタルなどもさかんだ。医療機器メーカーにとっても、機器導入/アップグレード意欲の高いベトナムの医療機関は、ポテンシャルの高い顧客と言えるのではないだろうか。

3.3 外国人医療従事者による差別化

 外国人医療従事者の派遣も差別化につながる可能性が高い。前述したように、ベトナムは外国人医師の就労が認められやすい国の1つである。例えば、双日は、2015年にTam Tri病院に対する医療サポート業務を開始した。日本の医療従事者の紹介・派遣にはじまり、日本の医療業界の経験とノウハウの共有、メディカルセンターの共同設立などが進められて入る。「先進国品質の医療の輸出」というと、多くの国で外国人医師就労規制などがネックとなり展開が難しいが、ベトナムはこうしたモデルを実現しやすい数少ない国だ。

 最終章では民営化に特に焦点をあてて論じたが、もちろん純粋な民間病院の新設も、まさに開かれたばかりの事業機会だ。数年もすれば、ベトナムにおいても、タイやマレーシア、インドネシアに見られるような、大手民間病院グループが生まれるかもしれない。ベトナムの場合、それが外資系である可能性もあるのだ。2014年の急激な規制緩和から3年、ベトナムのヘルスケア産業はまさに今が取り組み時なのではないだろうか。

著者プロフィール

諏訪雄栄(Yoshihiro Suwa)

ローランド・ベルガー プリンシパル

京都大学法学部卒業後、ローランド・ベルガーに参画。日本および欧州においてコンサルティングに従事。その後、ノバルティスファーマを経て、復職。製薬、医療機器、消費財を中心に幅広いクライアントにおいて、成長戦略、海外事業戦略、マーケティング戦略、市場参入戦略(特に新興国)のプロジェクト経験を多数有する。


著者プロフィール

閭 琳(Lin Lu)

ローランド・ベルガー シニアコンサルタント

慶応義塾大学政策・メディア研究科を卒業後、ローランド・ベルガーに参画。医薬品、食品などのヘルスケアや消費財および商社、自動車を中心に事業戦略、マーケティング戦略、新興国参入・展開戦略の立案および実行支援のプロジェクトを多く手掛ける。ヘルスケア&ビューティーグループのメンバー。日中BOP事業研究会事務局長も務める。


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