「創造生産性」の高い豊かな社会――ありものを使い倒して、お客さま起点の価値を創出視点(3/3 ページ)

» 2018年05月21日 07時02分 公開
[長島 聡ITmedia]
Roland Berger
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 こうなると、企画におけるプロトタイプでも、実際の価値の量産においても、さまざまな技術や能力(武器) が組み合わさり、多様な新しい価値が、短いタクトタイムでスピーディに、混流生産で生み出されているシーンが目に浮かぶ。既存技術と新しい要素技術の組み合わせで作ったプロトタイプで課題を一つ一つつぶしながら、製品化、サービス化に向けたインテグレーションをしっかりとやる。新たな価値量産の道が開けていくはずだ。

5、分母の意味合い

 ここで少し分母の話に戻ろう。分母の第一義の目的は決して効率化であってはならない。新たに生み出したい価値という目的がない中で、分母をいくら効率化しても、分母のリソースに支払う対価が減るばかりである。より小さなパイを取り合う不毛な戦いを生むばかりだ。もちろん、新たな価値を生むには、いくらありものを使い倒したとしても、時間がかかるので、常に価値創出に向く人材から新たな取り組みに着手できるように、分母を事前に省人化しておく、つまり人を育てながら一人当たりの労働生産性を高めておく、というのが正解だ。でもできる限り、分子の目的を定めながら分母の合理化を図りたいものだ。

 もう一つ考えたいのがデジタル技術の賢い活用だ。お客さまとものづくりに携わる人をダイレクトにつなぐための仕掛けが必要だ。これまでの何層にもわたるレポーティングラインをショートカットし、意思決定や流通の階層を1段階、多くても2段階にしなければならない。個人別の端末が必須だ。そして、現場のブレない判断には先ほどの価値ツリーが役立つ。もちろん、情報の収集、分析といった作業も極小にしていく。AIは、与えたデータを抜け漏れなく活用して、かつ忘れない。疲れも知らない。人間がどの範囲のデータを見るべきかを与えれば、どんな大量のデータでも俯瞰、フィルタリングしてくれる。一定の経験則に基づいて、さまざまなデータから状況を把握したり、さまざまな打ち手から適したものを抽出したりすることができるのだ。

 一方、VR、ARは、いろいろなシミュレーションを安価に実現してくれる。特に新しい価値を議論する際には、現実世界に近い形で空間を創出してくれるので、話が早い。最近では仮想空間に遠隔地からみんなが集まり、かんかんがくがくの議論をまるでリアル空間にいるかのごとく行うことも可能となってきている。また、特にAR (拡張現実) では、現実の世界にシミュレーションを重ねて表示して、プロセスのメカニズムや勘所を捉えられるため、手戻りや失敗を無くすことができる。作業の習熟を加速させるにも役立つのは言うまでもない。分子の目的に照準を合わせた使い方を極めていきたいものだ。

6、日頃からの癖付け

 たくさんのお客さまに貢献する。自らもお客さまになる。これをみんなが目指していくことは、豊かな社会を作っていくことに他ならない。自らの関わる社会を世界一住み易く豊かな社会にする。その一端を担う。それを広げていく。これをみんなで実践していきたい。私と世界一なんて関係ない、私にはそんな能力はない、と言いたい気持ちも分かる。でも、そこは楽天的になって、私の能力が足りないのではなく、みんなの能力をみんなで使えるようにしていないからと考えて欲しい。ありものを使い倒していないからと。

 協働、協力して新しい価値を生み出した方が、価値自体が高くなることは、実体験すると分かる。まずは今まで触れたことのない人との対話から始めて欲しい。多くの場合、創造生産性が低い原因は、新たな刺激もなく、ひたすら同じ日常を過ごしていること。これではいくら想像力に長けている人ですら、視野が広がらない。弊社では異質と触れ合うための「刺激の半日」という制度を設けたが(図E参照)、こうした取り組みが日本社会に広がることを期待している。

 それから、今では事業立案の常識になっているベンチマーキングにも落とし穴がある。好事例はともすると、その事業のストーリーや成功要因だけを記憶してしまいがちだ。これからはぜひ、事例をバラしてありもののコレクションを増やすために使って欲しいと思う。こうすると、自らの武器が増える感覚を味わうことができるに違いない。

 今こそ、みんなで創造生産性に真剣に向き合って欲しい。楽観的に失敗も楽しみながら、みんなの住みたい社会づくりを進めていってはどうだろうか。

著者プロフィール

長島 聡(Nagashima Satoshi)

ローランド・ベルガー 代表取締役社長 シニアパートナー

早稲田大学理工学研究科博士課程修了後、早稲田大学理工学部助手、ローランド・ベルガーに参画。

自動車、石油、化学、エネルギー、消費財などの製造業を中心として、グランドストラテジー、事業ロードマップ、チェンジマネジメント、現場のデジタル武装など数多くの プロジェクトを手掛ける。特に、近年はお客さま起点の価値創出に注目して、日本企業の競争力・存在感を高めるための活動に従事。

日本法人の代表取締役社長を務めながら、以下の企業のアドバイザーも務める。

アスタミューゼ株式会社、株式会社エクサウィザーズ、株式会社エクシヴィ、株式会社カイゼン・マイスター、株式会社カブク、株式会社ドリーム・アーツ、ベッコフオートメーション株式会社、リンカーズ株式会社、GK Kyoto、YUKI Holdings。


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