DXでスタートアップと同じ土俵に立つには、同じ道具、文化、体制の構築が必要ITmedia エグゼクティブセミナーリポート

デジタル変革(DX)では、テクノロジーの活用ばかりが注目されているが、本質は顧客起点で自社のビジネスを見直し、スピーディーに顧客の期待に応える取り組みである。そのためには、自社をアジャイルな組織へと変革することが不可欠となる。

» 2020年04月27日 07時03分 公開
[山下竜大ITmedia]

 ITmediaエグゼクティブ編集部が主催する「第50回 ITmedia エグゼクティブセミナー」が、「デンソーのDX事例に学ぶ “デジタル変革”成功のカギはアジャイルな組織への改革」をテーマに開催された。

デンソーではパッションもシリコンバレー流を実現

デンソー デジタルイノベーション室長 成迫剛志氏

 基調講演には、デンソー デジタルイノベーション室長の成迫剛志氏が登場。「デジタルトランスフォーメーション時代への対応 〜社内にシリコンバレー流をつくる〜」をテーマに、100年に一度ともいわれる大きな変革期の自動車産業において、既存の常識や業務プロセスにとらわれない手法、組織、そして文化を取り入れ、デジタル改革を推進するデンソーの取り組みを紹介した。

 自動車業界は、約4年ごとに新しいクルマが発表されるサイクルでビジネスが推進されている。一方、インターネットの世界は日進月歩。クラウドやソーシャル、モバイル、IoT、機械学習、AI、ブロックチェーンなどの新しい技術が一気に普及し、新たなビジネスが雨後のたけのこのように誕生している。成迫氏は、こうした現状を「ITのカンブリア大爆発」と呼んでいる。

 「1900年のニューヨークでは、交通手段は馬車だけでしたが、1913年には馬車はクルマに置き換わっています。T型フォードが登場したのが1907年ごろなので、数年で世の中が様変わりしたことになります」(成迫氏)。

 こうした変化はある日一気に起きる。現在の自動車業界は、100年に1度の大変革期といわれており「モノからコトへ」と変化している。この変革を表す言葉として、「CASE」および「MaaS(Mobility as a Service)」という言葉をよく耳にする。CASEとは、「Connected(ネットワーク接続)」「Autonomous(自動運転)」「Sharing(所有から利用へ)」「EV(電動化)」の頭文字である。

 特に移動のサービス化であるMaaSの領域では、新興のスタートアップが続々と参入している。MaaSの本質は、ITによる交通の再構築であり、クルマは所有の時代からスマートフォンを中心としてシェアする時代へと変革している。例えば、Uberのような世界で、Uberは、タクシー業界が考えたビジネスではなく、スマートフォンを中心に生まれたまったく新しいビジネスである。

 新たな世界は、現在の成長の延長線上にあるのではなく、まったく別のところから誕生する。シリコンバレーのスタートアップ企業は、「ゼロからイチを創る」ためにデザイン思考/サービスデザインを、「早く、安く創る」ためにクラウドネイティブ/オープンソースを、「作りながら考える、顧客とともに考える」ために内製化/アジャイル開発という手法を採用している。

 「同じ土俵に立つためには、同じ道具、同じ文化、同じ体制の構築が必要です」と成迫氏。デンソーでは、2017年4月にデジタルイノベーション(DI)室を設立した。当初は2人でスタートし、その後5月に第1アジャイル開発チームを4人体制で発足。新横浜駅の近くに開発センターを開設した。現在、第8アジャイル開発チームまで発足し、約100人のチームでデジタル変革に取り組んでいる。

 メンバーからは、「いままでの開発手法にはもう戻れない」「新しい技術に触れて自分が進化した」「こんなに楽しいとは思っていなかった」「まだまだ成長できると思える」「スタートアップの働きやすさと厳しさが社にある」などの声もある。成迫氏は、「メンバーのモチベーションも高く、“社会人になって初めて仕事が楽しいと思えた”という声もあります。パッションもシリコンバレー流を実現しています」と語る。

大企業の強みを生かしてスタートアップの手法を実践

KDDI 経営戦略本部 次世代基盤整備室 KDDI DIGITAL GATE センター長 山根隆行氏

 特別講演には、KDDI 経営戦略本部 次世代基盤整備室 KDDI DIGITAL GATE センター長の山根隆行氏が登場。KDDI DIGITAL GATEでのべ350社以上の企業の来訪を受け、デジタル変革をサポートしてきた経験に基づき、「権限移譲こそがアジャイルな組織の鍵 〜真に自律的な組織へ変わるために〜」をテーマに、開発手法だけでなく、真にアジャイルな組織・マインドへ変革していくために、マネジメント層に求められる取り組みについて紹介した。

 同日よりKDDIの5Gサービスがスタートした。5Gの登場で、量や、数、そして距離の制約から解放される。山根氏は、「5Gの登場で、あらゆるモノがつながり続け、リアルな世界と通信が溶け込む時代になります。そのためには、デジタルとビジネスを融合するデジタル変革が必要です」と話す。

 デジタル変革には、デジタル技術者が必要だが、日本では72%のデジタル技術者はITベンダーに所属している。一方、米国企業では、65%のデジタル技術者はユーザー企業に所属している。「日本では、ユーザー企業が新たなビジネスを生み出しにくい傾向にあります。また新しいビジネスを生み出すには、市場や技術、競合、法律など、さまざまなリスクも潜んでいます」(山根氏)それでは日本企業は、どのように変化すべきなのか。

 2013年までKDDIは、企画して、開発、運用、そして販促を行うという製品開発プロセスだった。そのため製品が出来上がったときには、市場がすでに変化していることもあった。そこで、小さく何度もリリースし、学びを得て改良を繰り返すアジリティの高いサービス開発、アジリティの高い組織、体制に変革した。さらに既存事業からの分離と権限移譲により、階層組織での管理型の開発からスモールチームでの自律的な開発に移行した。

 2013年に5人/1チームでアジャイル開発センターを設立。現在、200人/20チームで運用している。ここでは、各チームが自律的に判断して、改善を繰り返している。開発は全て内製化するのではなく、コアの部分は内製し、それ以外は世の中の良いモノ、良いパートナー企業と連携する。最大のポイントは、 何を作るかでなく、誰のどんな課題を解決するのかにフォーカスすることである。

 「アジャイル開発センターで培った経験やノウハウ生かし、外部のパートナー企業と協業して、新しいビジネスを創出するための組織であるKDDI DIGITAL GATEを設立しています。ここでは、ワークショップからサービスデザイン、プロトタイプ開発/検証、判断のサイクルを1サイクルあたり3〜5週間で実施し、新たなサービスをアジャイルに創出することを目指しています」(山根氏)

 例えば日本航空では、JAL Innovation Labチームとのコラボレーションにより、キャビンアテンダント(CA)の働き方改革に取り組んでいる。CAにプロジェクトに参加してもらい、KDDI DIGITAL GATEのメンバーがインタビューや質問を行うことで、業務における本質的な潜在課題を引き出し、課題を解決する業務アプリを開発した。開発した業務アプリは、実際に使ってもらい、改善を繰り返して約1カ月で完成させた。

 山根氏は、「大企業が新規ビジネスを創出するためには、スタートアップの考え方を参考にすべきです。ただし、大企業の強みを生かした方法を実践することが必要です。KDDI DIGITAL GATEでは、今後もパートナー企業とともに、既存事業の深化と新事業創出のエコシステムの実現を支援していきます」と締めくくった。

トレードシフトで大企業から中堅・中小規模の企業までの取引率を最大化

トレードシフトジャパン 代表取締役社長 菊池孝明氏

 セッション1には、トレードシフトジャパン 代表取締役社長の菊池孝明氏が登場。「“社内の電子化”から“サプライチェーンのデジタル変革”へ 〜アジイャルな組織は企業間のDXから生まれる〜」をテーマに、150万社が利用するトレードシフトの事例を踏まえながら、いま取り組むべき本質的なデジタル変革について掘り下げた。

 市場の変化が激しい現在、競争優位性を確立するためには、アジャイルな組織を構築し、デジタル変革を実現しなければならない。デジタル変革の実現において昨今では、RPAやAI、テレワークといったキーワードをよく耳にする。しかしRPAやAI、テレワークの活用は、社内環境の改善(効率化)にすぎない。

 「デジタル改革では、社内環境の改善も必要ですが、対外的な俊敏性も重要なポイント。そこでアジャイルな組織の構築が重要です。一般的な製造業において、対外的な取り組みを推進しているのは、マーケティングや販売の部門です。マーケティング部門のデジタル化は進んでいるが、販売部門のデジタル化はどうでしょうか」(菊池氏)。

 B2Cの販売はECサイトなどの利用が拡大しているが、B2Bの販売は相変わらず紙ベース。発注者は発注書を作成し、印刷、押印、郵送する。一方、受注者は、受け取った発注書をチェックし、データを手入力する。もし書類にミスがあれば、同じ作業を繰り返さなければならない。デジタル化すれば、一連の作業を自動化することができる。

 トレードシフトはLINEのような簡単な操作性で、取引したい企業とつながることができるグローバル電子取引プラットフォームを提供している。電子文書の送受信などの基本サービスは無料で利用できる。支払承認や購買、会計システム連携など、200種類以上のビジネスアプリも有償で提供。大手アパレル企業では、350社だった取引先を1年強で5000社に拡大している。

 菊池氏は、「電子取引は良いことばかりではなく、コストがかかる、使い方が難しいなどの課題もあります。特に取引先の理解が得られず、参加率が20%程度で頭打ちになってしまいます。トレードシフトを利用することでれば、大企業から中堅・中小規模の企業まで、取引率を最大化し、デジタル変革を支援することができます」と話している。

人々の有意義なつながりとコラボレーションを推進するPOLY

ポリコムジャパン(Poly)営業技術部 シニアSEマネージャー 岩岸優希氏

 セッション2には、ポリコムジャパン(Poly)営業技術部 シニアSEマネージャーの岩岸優希氏が登場。「意外と簡単!コミュニケーション環境を整え、スマートな働き方を」をテーマに、Polyのデバイスによるストレスのないコミュニケーション環境の実現で、シンプルにコミュニケーション環境を最適化する方法を紹介した。

 「POLYは、人々の有意義なつながりとコラボレーションを推進するグローバルコミュニケーションカンパニーです。POLYのヘッドセットや音声会議システム、ビデオ会議システムなどを利用して、人がコミュニケーションクラウドにアクセスするさまざまな環境で、極めて高品質なエクスペリエンスを提供することを目指しています」(岩岸氏)。

 POLYのデバイスとZoomやMicrosoft Teamsの直感的な操作性により、安定したリモートワークを簡単に実現することが可能。POLYの企業向けヘッドセットを使うことで、リモートワークの課題であった、子供の声やペットの鳴き声、家電やタイピング音などの雑音にも対応可能。駅からビデオ会議に参加する場合でもクリアな音を提供できる。

 一方、オフィスから会議に参加する場合、同僚の会話や電話、紙をめくる音、コピー機、タイピング音などの雑音も、Polyのヘッドセットを利用することで解消できる。また複数の参加者が会議室やワークスペースで会議をする場合、1台のPCでは非効率的。Polyの会議室向けビデオ会議システムを使うことで、効率的なビデオ会議が実現できる。

 岩岸氏は、「POLYの最大の特長は、周辺のノイズをブロックするAcoustic Fence技術を搭載していることです。Acoustic Fence技術は、会議参加者の周りに見えない仮想の防音壁を設定することで、マイクが拾ってしまう周囲の雑音をシャットアウトし、クリアな音質を実現します。仮想の防音壁は、自由に角度を設定できます」と話す。

プリンストン 営業統括本部 UCプロダクトチーム 部長 小林孝則氏

 POLYの販売代理店であるプリンストン 営業統括本部 UCプロダクトチーム 部長の小林孝則氏は、「プリンストンは、POLYデバイスをトータルに提供できる国内では数少ないプラチナ認定取得の販売パートナーです。東京、大阪、名古屋、福岡のデモルームで、デモや検証も可能。Zoomも含めた最適なユニファイドコミュニケーション(UC)プロダクトを提案できます」と話している。

全ての人にマシンデータへのアクセスを可能にするSplunk

Splunk Services Japan セールスエンジニアリング本部 シニアセールスエンジニア 上村徹也氏

 セッション3には、Splunk Services Japan セールスエンジニアリング本部 シニアセールスエンジニアの上村徹也氏が登場。「デジタル時代のマシンデータ活用」をテーマに、デジタル変革やインダストリー4.0を推進する海外企業の活用事例を交えながら、企業内に眠る動的なマシンデータの活用方法について紹介した。

 Splunkという社名は、Spelunking(洞窟探索)およびSplunking(マシンデータの探索)に由来する。洞窟探索のようにマシンデータを、全ての人にアクセス可能にし、便利なものにして、価値あるものにすることを目指している。マシンデータとは、企業に眠る未開拓のビッグデータである。

 「企業が保有するデータの約80%はマシンデータですが、そのうち60%は依然としてダークデータのままです。オンプレミス、クラウドなど、さまざまなマシンから生成されるマシンデータにリアルタイムの検索や分析、レポート、ダッシュボードなどでビジネス価値を与え、課題に対する解決策を提供するプラットフォームがSplunkです」(上村氏)。

 一般的なデータ分析基盤は、データをETLツールでデータウェアハウスに取り込み、SQLで分析を行う。一方、Splunkでは、非構造化データをそのまま取り込み、ダイナミックにスキーマを適用して検索、分析が可能。データの格納からマシンデータの可視化、さらに検知、アラート、発見、分析、予測まで、オールインワンで実現できる。

 自動車メーカーのポルシェでは、数年前にトラブルシューティング用にSplunkを導入したが、同時にコールセンターのログも取得して、顧客分析を実施している。またポルシェ初のEVであるタイカンのテレメトリーデータをSplunkで分析することで、顧客満足度を向上させている。さらに工場ラインの可視化など、インダストリー4.0も推進している。

 上村氏は、「Splunkは、PCだけでなく、スマートフォンやタブレットなど、さまざまなモバイルデバイスから直接ダッシュボードにアクセスできます。ある自動車メーカーでは、製造設備の予防保全にSplunkを活用し、製造ラインを止めることなく保守を行っています。また、モバイルデバイスのカメラとAR機能を利用した状態確認もできます」と話している。

サブスクリプションは顧客の幸せの上に成り立つビジネスモデル

Zuora Japan シニアディレクター ソリューションコンサルティング 竹内尚志氏

 セッション4には、Zuora Japan シニアディレクター ソリューションコンサルティングの竹内尚志氏が登場。「サブスクリプション収益化成功ポイント 〜デジタルトランスフォーメーションの本質、“プロダクト中心”から“顧客中心”への変革〜」をテーマに、サブスクリプションビジネスで持続的に収益を上げるポイントを、事例を交えて紹介した。

 過去の大量生産の時代は、プロダクト販売を中心としたビジネスモデルであり、これが20世紀の成長を支えてきた。現在のデジタルワールドでは、毎月、毎四半期、毎年、成長をし続けることが困難になっている。顧客のニーズは、所有から利用へ、モノからコトへとシフトし、Fortune 500の52%の企業が、買収、統合により消えている。

 一方、デジタル変革に成功したFortune 500企業や新たな支配的大企業、創造的破壊者と呼ばれる企業も登場。これらの企業に共通するのは、プロダクト中心から顧客中心の顧客の新しい期待値に応えるビジネスモデルへと変革していることだ。こうした変革は、小売り、ハイテク、教育、医療、メディア、通信など、あらゆる業界で進んでいる。

 「自動車業界では、自動車の販売からモビリティサービスの提供者へと変革しています。また製造業では、機器の販売からIoTによる利用料金のビジネスへと変革しています。さらにテクノロジー業界では、従来のプロダクト販売モデルからサブスクリプションモデルという、全く新しいビジネスモデルへと変革しています」(竹内氏)。

 プロダクト販売モデルは売るまでが勝負であり、どれだけ売れるかが重要。一方、サブスクリプションモデルは売ってからが勝負であり、1日でも長く利用してもらうことが重要になる。顧客に飽きさせないための価値を提供し、満足させ続けなければ成り立たない。サブスクリプションは、顧客の幸せの上に成り立つビジネスモデルである。

 竹内氏は、「デジタル変革には、アジャイルな組織への変革とトップの意思決定が必須です。既存ビジネスを一気に変更することなく、新たな収益源を創出します。リコーでは、複合機のコモディティ化、ペーパーレス化などの市場の変化に対し、複合機のモニターを利用した業務プロセスの効率化、自動化でデジタル変革をしています」と話している。

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