サムスンを買いかぶるのも侮るのも、いい加減にしろ:生き残れない経営(1/2 ページ)
30年ほど前、Samsung創業者イ・ビョンチョル会長と会食したとき、会長が突然言い出した。「日本人が“エコノミックアニマル”と世界中から非難されるのは、あなたが悪いからだ!」
増岡直二郎氏による辛口連載「生き残れない経営」のバックナンバーはこちら。
今から30年ほど前、筆者がSamsung創業者イ・ビョンチョル会長と会食したとき、会食を始めて間もなく会長が突然言い出した。「日本人が“エコノミックアニマル”と世界中から非難されるのは、あなたが悪いからだ!」。急に語気を荒げて言われたこともあり、また時の官僚や政治、あるいは経済界が悪いのだと指摘されるのならまだしも、突然の個人攻撃に筆者は一瞬ひるむやら、理解に苦しむやら、どう反応すべきか戸惑ったものだ。
状況を察したか、会長は解説を始めた。「あなたは、朝から晩まで働き詰めで(まさにその通りだった)、例えば海外出張に出かけた時に、現地でゴルフをするでもなければ観光をするでもない。トンボ帰りでしょう(ほぼ当っている)。あなたのその姿勢のせいで、日本人はエコノミックアニマルだと揶揄(やゆ)されるのですよ」。
間もなく、事業所のトップである筆者の上司が遅れてやって来て席に着くや否や、会長は上司に向かっても同じことを言い出した。「日本人がエコノミックアニマルと非難されるのは、あなたが悪いからですよ!」。瞬間、上司は「ハトマメ」の表情をした。今にしてふと思うことがあるが、その会長の考え方が今もなおSamsungの底流に脈々として流れているように思える。
さて、今Samsungの驚異的成功に、日本では絶賛と日本企業も学ぶべしという大合唱が鳴り響く。一方で、Samsungの急所を突いて限界を指摘する論者もいる。どちらの姿勢も日本の悪い癖だ。極論は排すべきだ。わたしたちは、実際のところSamsungから何を学ぶべきなのか。
まず、直近の連結決算からSamsungの業績を日立製作所、パナソニック、ソニーと比較してみよう。
これを10年前の2000年度(Samsungは、1999年12月期)の売上高で比較すると、日立が8.0兆円に対し、Samsungが2.6兆円、その躍進ぶりが驚異的であることがよく分かる。
なお、Samsungの韓国経済における存在感は絶大だ。GDPに占める売上高比7.1%、全輸出額に占める輸出額比11.0%、株式市場に占める時価総額比12.7%にもなる(2008年)。
Samsung躍進の原因を、多くの論者がさまざまな側面から解説する。
まず、人事についてだ。グローバル人材育成が、ソニーの上を行く。TOEC点数のノルマが、新入社員は900点以上、課長以上昇進可能のA級は920点以上、社員の90%以上がA級とも言われる。また、「信賞必罰」が徹底された実力主義であり、業績評価・報酬の仕組みが透明である。従って、人事に機動性がある。さらに、世界中から優れた人材の原石を集め、囲い込む。Samsungは、韓国最大の人材プールだ。
韓国企業の力の源泉を積極的なグローバル展開にあるとするが、このことはSamsungにも通ずることであり、計画的人材育成から、現地の市場特性に合った製品投入、研究開発拠点の構築などを進める。近年では、高水準の対外直接投資が中国・米国中心から中東・アフリカ・中南米地域など新興国へ分散化の傾向にあり、所得収支が黒字に転じた。
Samsungでは「上意下達」が徹底されており、それがトップのリーダーシップと決断力、スピード経営につながる。例えば、携帯電話の販売当初、不良品15万台を工場内の敷地で全従業員を前にして焼却処分にし、「2度と不良を出さない」と誓い合ったという出来事は、いかにも韓国企業らしいが、トップダウンの強烈な例である。
またSamsungは、経営陣の危機意識は常に高く、問題発生後に重い腰を上げる日本企業の「事後処理型経営」の対極にある。日本の某電気メーカー首脳は「準備経営」と例える。
さらに、もともと同一産業内の主要プレーヤーが韓国の場合は少なく、多過ぎる日本に比べて有利であると言われる。例えば、乗用車では日本8社(460万台)に対し韓国1社(140万台)、携帯電話では日本4社(3380万台)に対し韓国2社(2260万台)、鉄鋼では日本4社(7600万トン)に対し韓国2社(5800万トン)である。(以上、「週刊ダイヤモンド」’10.2.27. 「エコノミスト」’10.3.30. & ’10.4.13.より)
このように、多くの論者が日本企業は韓国やSamsungから学ぶべきことが多いとしているが、その考えは安易過ぎないか。真に学ぶべきことは、日本企業に欠けていること、しかも日本企業に「容易にできそうもないこと」のはずだ。その意味から、Samsungから学ぶべきとした上記の指摘事項は、程度の差こそあれ日本企業でもすでに見られる内容だ。
では、Samsungにあって日本企業にないこと、しかもできそうにないことは何か。それは、経営陣の若返りとスピード経営と、現地密着のグローバル人材の育成であろう。
まず、日本企業の老害経営に比べると、Samsungの若返り作戦は見事である。2002年に「若返り」が劇的に進んだ。(副)社長昇格者がグループで8(25)人、うち7(10)人が55才以下(40才代)、役員昇格者の平均年齢は45.9才だという。2003年に役員定年内規が定められ、(副)会長は60才、(副)社長は58才、常務は56才となった(玉置直司著『韓国は何故改革できたか』日本経済新聞社)。日本では概ねの就任年令が、Samsungでは何と退任年令だ。いや日本では、韓国の退任年令より上の年齢で就任している例が極めて多い。
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