伝える文章ではなく伝わる文章を:ITmedia エグゼクティブ勉強会リポート(1/2 ページ)
これからの時代は、ソーシャルメディアで共感を創り出すことが重要。共感を創り出す文章を書くためには、自分自身を失わないこと。誰かが言っていることの受け売りでは意味はない。
「ITmediaエグゼクティブ勉強会」に、元日本経済新聞記者で内閣府・地域活性化伝道師や京都工芸繊維大学 特任教授を務める坪田知己氏が登場。「これが21世紀の文章術だ! 各地で大好評の“読まない人に読ませる共感文章術”。ソーシャルメディア時代の文章の書き方を大公開。」をテーマに講演した。
新聞がウソを書く国はつぶれる
戦時中、日本はミッドウェイ海戦以降、あらゆる戦いに負けていたが、玉音放送があるまで、新聞にはウソばかりが書かれていた。言論の自由が完全に封殺された時代であったが、父はよく「新聞がウソを書くようになったらその国はつぶれる」と話していた。そこで国を潰さないために、新聞記者になった。
よく「新聞記者は文章がうまい」というが、これはウソである。新聞記者しか経験のない記者は文章がうまくない。理由は、新聞社は約150年の歴史の中で、テンプレートを山ほど作っているためだ。このテンプレートを300種類くらい覚えていると、固有名詞を入れ替えるだけで文章ができてしまう。
テンプレートを使っているため、新聞記事は誰にでも分かりやすいが、おもしろくはない。特に日本の新聞記者は、新聞社の社員として記事を書くので定型スタイルを守る。一方、欧米の新聞は、署名記事が基本である。読者に人気が出れば記者としてのグレードが上がっていくので、欧米の有名記者は一人ひとりが自分のスタイルを持っている。
学校で作文を添削してもらった経験はあるか?
新聞社を定年退職して約半年間、「菊と刀」や「甘えの構造」など、日本人論の基本的な文献を読みあさった。日本という国は、経済的には豊だが、民主主義が遅れている国だと感じた。選挙をすれば民主主義なのか。個人的には、選挙は民主主義の3分の1程度に過ぎないと思っている。大事なのは、自分たちが考えていることを社会に発信し、議論をして、実現していくことである。これこそが本物の民主主義である。
2010年1月に、NHKの「追跡!AtoZ」という報道ドキュメンタリー番組で「問われる日本人の"言語力"」という番組が放送された。この番組に興味を持ち、ディレクターに話を聞きに行った。しかし、ディレクターよりも、アシスタントディレクター(AD)の話しの方がおもしろかった。30代前半の男性ADだが、子どものころドイツに住んでおり、ドイツでは幼少のころから「言語力」の教育に取り組んでいるという。
言語力とは、自国の言葉で、自分の意思を明確に伝える能力である。日本ではどうだろうか。子どものころ、学校で作文を書かされたと思うが、きちんと添削してもらった経験はあるだろうか。世界の教育では、言語力が重視されるが、日本の教育は正反対なのである。こうした背景から、2011年9月に「稿輪舎」という私塾を開講し、これまでの経験を生かして文章の書き方を指導することにした。
文章を書くためのテクニックとは
これからの時代は、ソーシャルメディアで共感を創り出すことを考えなければならない。共感を創り出す文章を書くためには、自分自身を失わないことが大事である。誰かが言っていることの受け売りでは意味はない。そこで稿輪舎では、一人ひとりの個性や魅力を最大限に引き出す指導を行っている。
特徴の1つが文章を書くためのスタイル「核心文展開法」である。核心文展開法とは、文章の中でもっともすばらしい核心部分(キーセンテンス)をきわだたせる手法である。キーセンテンスを中心に文章を構成する。この原則は非常に重要である。この原則を守らなければ、人に何かを伝えることはできない。
2つめの特徴が「三角形文章法」である。三角形文章法は、自分、対象、読者で文章の構成を考える手法である。たとえば、白いバラを「きれいです……」と伝えるのが、いまのマスコミの手法である。これはダメである。なぜダメなのか。世の中の人が「バラはきれい」と言っているから「きれい」と伝えるのは自分を否定しているからだ。
取材対象が、白いバラを摘もうとしたら、トゲでケガをしてトラウマになったとしたら、「バラは痛い」「バラは怖い」ということを伝えなければならない。いろいろな意見があるからおもしろく、そこからコミュニケーションが生まれる。自分を無にすることなく、自分のセンスで対象を解釈し、読者を意識して情報を伝える。これが三角形文章法である。
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