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» 2020年05月15日 09時29分 公開

【自宅でプレビュー】絶対に生で見たい画家の中の画家「ピーター・ドイグ展」

新型コロナウイルス感染拡大防止のため、博物館・美術館の大半はいまなお臨時休館中。無観客の展示風景や作品をSNSなどで発信する各館の試みが注目されているが、「再開のあかつきには生で見てほしい」というのが本音であり、切なる願いだろう。

[産経新聞]
産経新聞

 新型コロナウイルス感染拡大防止のため、博物館・美術館の大半はいまなお臨時休館中。無観客の展示風景や作品をSNSなどで発信する各館の試みが注目されているが、「再開のあかつきには生で見てほしい」というのが本音であり、切なる願いだろう。開幕3日で休止となったものの、もう一度この目に焼き付けたい−。そう祈らずにはいられないのが東京国立近代美術館(東京・竹橋)で開催中の「ピーター・ドイグ展」だ。   (文化部 黒沢綾子)

待望の日本初個展

 まずは代表作「ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ」(2000〜02年)から。童話の一場面のような、ロマンチックで謎めいた絵だ。

《ガストホーフ・ツァ・ムルデンタールシュペレ》2000−02年、196×296cm、シカゴ美術館蔵(C)Peter Doig. The Art Institute of Chicago, Gift of Nancy Lauter McDougal and Alfred L. McDougal, 2003. 433. All rights reserved, DACS & JASPAR 2020 C3120

 画像では伝わりにくいが、およそ縦2メートル、横3メートルの大作。オーロラみたいに星降る空の下、静まり返ったダム湖らしき風景が広がる。色とりどりの宝石を埋め込んだような壁、不思議な衣装の人物に、視線は自然と導かれる。一方、両脇の木は描き込まれておらず、白っぽく透き通った画面下部は道なのか草むらなのかも判然としない。夢か現か−。具象と抽象の混交、広がりや奥行きを感じさせる巧みな描き方で、見る者を想像の世界へ誘う。

 ピーター・ドイグは1959年、英スコットランド生まれ。カリブ海のトリニダード・トバゴとカナダで育ち、ロンドンで美術を学んだ。2002年からはロンドンに加え、トリニダード・トバゴの首都、ポート・オブ・スペインにもアトリエを構えている。

 ドイグが活動を本格化させた1990年代初頭の英国アートシーンといえば、ホルマリン漬けした動物の作品で知られるダミアン・ハーストら、YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスト)と呼ばれる作家たちが台頭し、コンセプチュアル・アート(概念芸術)が席巻していた。表現が多様化し、絵画はもはや古いメディアと見なされる中、ドイグはあえて絵画を選ぶ。「作品を展示してもらうのは難しい時代でしたが、いろんな実験ができる大切な時期だった」と振り返る。

 膨大なイメージに日々接する現代において、絵画の可能性を切りひらき、アートを牽引(けんいん)してきたドイグは「画家の中の画家」と評されることも。今回は初期から最新作までを紹介する日本初個展。大作ぞろいの油彩32点、ドローイング40点で構成された展示は見ごたえ十分だ。

混交するイメージ

 ドイグは既存のイメージに自らの経験を重ね、混ぜ合わせて一つの画面をつくる。美術史上の絵画、写真、映画、自身が過ごした土地の風景……。ちなみに「ガストホーフ−」のモチーフの一つは、ドイツのダムを写した古い観光絵はがき。人物は画家本人と友人で、劇場でアルバイトをしていた若き日に、戯れで衣装を着て写した写真を参照したという。どこか、フランスの画家、アンリ・ルソーが描く幻想風景にも似ている。

《のまれる》1990年、197×241cm、ヤゲオ財団コレクション、台湾蔵 (C)Peter Doig. Yageo Foundation Collection, Taiwan. All rights reserved, DACS & JASPAR 2020 C3120

 ドイグ作品はいつも、美しさと不穏な空気に包まれている。「のまれる」(90年)は今から5年前、約2600万米ドル(約30億円、当時)で落札された初期の代表作。着想の源には自然や生命に甚大な影響を与えたチェルノブイリ原発事故(86年)があるといい、画家は「自然の美しさと毒性を描こうと思った」と明かす。

 夜景と水面の虚像が怪しく溶け合い、白い樹木は枯れ木や骨を思わせる。さらにドイグの絵に頻出する小舟は、もともと映画「13日の金曜日」のラストシーンに触発されたモチーフで、ひたひたと迫りくる恐怖のメタファーのよう。

 見知らぬ風景なのに、懐かしい。ドイグがつくり出す多層的なイメージに、私たちの記憶の引き出しが刺激されるからだろう。

厚塗りから薄塗りへ

 少年期を過ごしたカナダの風景を多く描いていたドイグだが、2002年にカリブの島国に拠点を構えて以降、表現が変化してゆく。絵の具の物質性を強く感じさせる厚塗りから、さらっと薄塗りの画面へ。

《ラペイルーズの壁》2004年、200×250.5cm、ニューヨーク近代美術館蔵 (C)Peter Doig. Museum of Modern Art, New York. Gift of Anna Marie and Robert F. Shapiro in honor of Kynaston McShine, 2004. All rights reserved, DACS & JASPAR 2020 C3120

 影の濃さが、日差しの強さを物語る「ラペイルーズの壁」(04年)。墓地沿いの道を、破れ傘をさした男が歩いてゆく情景。ドイグによれば、小津安二郎の映画「東京物語」を見て、その「計算された静けさ」に触発されたとのこと。

 「ポート・オブ・スペインの雨(ホワイトオーク)」(15年)も謎めいた作品だ。黄色い建物は、19世紀の英国統治期に建てられた拘置所。その前に、動物園で見たライオンの図像が重ねられている。「カリブ諸国におけるライオンは、西洋の感覚とは違う。聖書の「ユダの獅子」はラスタファリ運動(ジャマイカを中心にした思想運動)の象徴でもあり、ライオンは街のグラフィティやTシャツの柄でもおなじみだ」とドイグ。

 異なる国の歴史や文化を縦横に結びつけるドイグの作品は、多文化主義が進む現代社会に寄り添うかのようだ。ただ、特定の考えを押し付けることはなく、自由な解釈が許される。

 同館の桝田倫広・主任研究員は言う。「絵画を見ることの喜び、見ることの複雑さを改めて気づかされる。SNSに流れては消えていく画像や動画と違い、じっくりと見ることなしに鑑賞体験は得られない」


 東京国立近代美術館は臨時休館中。「ピーター・ドイグ展」は6月14日まで。再開情報などは公式HPでご確認を。

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