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» 2021年06月02日 09時03分 公開

ワクチンを低温輸送を発泡スチロールで解決

新型コロナウイルスワクチンを少量で運ぶのに適した大阪発の専用保冷輸送容器が注目を集めている。大阪市中央区の発泡スチロール製品メーカー「トーホー工業」が、堺市と協力して開発した。

[産経新聞]
産経新聞

 新型コロナウイルスワクチンを少量で運ぶのに適した大阪発の専用保冷輸送容器が注目を集めている。大阪市中央区の発泡スチロール製品メーカー「トーホー工業」が、堺市と協力して開発した。国が求める温度管理条件を満たしながら、軽量で安価な容器を製品化。堺市だけでなく全国100以上の自治体から問い合わせを受けるほどになっている。

トーホー工業と堺市が共同で開発したワクチンの輸送容器「サカイボックス」=大阪府枚方市のトーホー工業大阪工場(藤谷茂樹撮影)

小さく扱いやすい

 「これで大丈夫なんですか」

 高齢者へのワクチン接種が始まった4月12日、大阪府が自治体にワクチンを振り分けるセンターで、府の担当者がいぶかしげに質問してきたという。

 堺市感染症対策課主査の中釜竜美さん(55)が手にした専用容器「Sakai−BOX(サカイボックス)」(幅33センチ、奥行き22センチ、高さ19センチ)は、国が自治体に配布している容器よりも一回り小さかったからだ。

 「国の基準を満たしているので、問題ありません」

 中釜さんが説明すると、担当者は納得して、ディープフリーザー(超低温冷凍庫)の上部を開け、手慣れた手つきでワクチンをホルダーにはめていった。

 受け取ったワクチンは、その日のうちに高齢者施設2カ所に運び込み、翌13日、堺市で初めて高齢者の接種が行われた。中釜さんは「大事なものを運ぶのだと緊張した。他のケースを使ったことがないが、職員や、輸送を委託した医薬品卸業者からはサカイボックスにクレームはないので、小さく軽くて扱いやすい容器なのだと思う」と話す。

1本の電話がつないだ縁

 サカイボックスの開発は、1本の電話がきっかけだった。昨年末、トーホー工業の開発責任者で専務執行役員の阿部政男さん(65)が堺市がワクチン担当部署を立ち上げたニュースを見て、「何かできることはありませんか」と申し出た。

 同社は軽量性や断熱性に優れた発泡スチロールの製品開発に積極的に取り組んできたメーカー。国内で初めて承認された新型コロナワクチンの米ファイザー製は、長時間低温を保つなど厳格な管理が必要なため、「発泡スチロールが輸送に役立つ」と考えた。

 一方、約23万人の高齢者を抱える堺市では、確実に接種を進めるため「身近なかかりつけ医で安心してワクチン接種を受けてもらおう」と、市内300カ所以上の医院や診療所などでの個別接種を計画していた。そのためには、ワクチンを小分けにして運ばなければならず、小回りが利く、扱いやすい容器が必要と考え、年明けから、トーホー工業とともに開発に動き出した。

 だが、当時はワクチンの瓶のサイズや容量、必要な管理条件などの情報がなかなか入手できなかった。

 厚生労働省から自治体に通達される小さな変更や、新しい事実が判明するたび、堺市がトーホー工業と情報を共有し、厚みや保冷剤の数など仕様を変えて試験を重ねた。

 トーホー工業は特に外気温35度でも、ワクチンの温度は8度以下を保てるように確かめる実験を丁寧に繰り返した。同社には、こうした試験評価が社内で実現できる強みがあった。平成14年ごろから熱伝導率測定器や恒温器など多くの試験機を自社で保有し、高級コイや養蜂箱の運搬ケース、フォークリフトのパレット(物流輸送用の台)と多様な使い道を提案する製品開発に挑戦してきた。社長の近藤大輔さん(58)は「ここまでの態勢を持つのは、130社ある国内メーカーの中でも唯一」と胸を張る。

「使わなくていい日」がくるように

 完成したサカイボックスは遮光性が高い黒い原料を採用し、最大25本のワクチンを運べる。ワクチンの入った瓶を固定するホルダーも取り出しやすさと安定性を両立する形を追求した。

 価格は1つ1320円に設定して売り出すと、全国約140の自治体から問い合わせがあり、5月下旬までに発送数は1万個を超えた。堺市では、個別接種の医院に対する週2回のワクチン配送で、2千個が活躍している。各医院でワクチンを取り出すことなく運搬容器ごと渡し、後日の配送時に回収する運用で、輸送の効率化が図られているという。

 市感染症対策課の中釜さんは「開発の途中で次々と出てきたハードルをトーホー工業の協力でクリアできた。堺市のために手がけた容器だが、全国で使用されていることは誇らしい」と話す。

 企業と自治体との地道な努力が生んだ製品。社長の近藤さんは「早くこの容器を使わなくていい日が来るのを願うばかりだ」と話している。


 厳密な温度管理が必要な新型コロナウイルスワクチン。個別接種会場などへの少量の搬送を可能にするため、各メーカーがそれぞれ使いやすさや機能を追求している。

 医療機器開発を手がけるスギヤマゲン(東京)の「保冷バッグ」は国が採用し、希望する自治体に配布している。国が提示した条件をクリアしているという。同社の担当者は「使用現場の問い合わせにも対応できる態勢を整えている」と話した。

 イノアックコーポレーション(名古屋市中村区)は、独自のウレタンを使った容器「アイ・メディシス」を開発した。短い納期と生産量を確保できるよう素材を選定している。

 環境試験機開発で培った技術を生かしたエスペック(大阪市北区)の「定温輸送保冷庫」は税込み26万4千円と高価だが、電源があればマイナス20度までの低温で運搬できる仕組みだ。そのまま接種現場で保管庫としても使える。(藤谷茂樹)

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