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» 2023年07月11日 09時09分 公開

開発競争が過熱する「完全栄養食」 日本メーカーは「味」でも勝負

過不足なく手軽に栄養素を取ることができる「完全栄養食」が注目されている。

[産経新聞]
産経新聞

 過不足なく手軽に栄養素を取ることができる「完全栄養食」が注目されている。健康づくりやダイエット、タイパ(時間対効果)意識など多様なニーズを取り込み、世界で市場が拡大しているためだ。参入企業が増えるなか、完全栄養食を1日の食事に取り入れてもらうには継続的に利用する消費者の獲得が欠かせず、定額制の導入や食事としての満足感を高める工夫など、競争が激化している。

日清食品の「完全メシ」シリーズ

手間や金かかる食事は非効率

 完全栄養食とは、厚生労働省が定めた日本人の食事摂取基準に基づき、1日に必要な栄養素を過不足なく摂取できるよう開発された食品のこと。タンパク質やビタミン、カルシウム、食物繊維などを一度に取ることができ、新型コロナウイルス禍による健康志向の高まりや、在宅勤務の増加なども追い風に需要が高まっている。

 その“元祖”とされるのが、米シリコンバレーでITエンジニアをしていたロブ・ラインハート氏が開発した未来のドリンク「ソイレント」だ。人間が生存していくうえで必要なタンパク質やビタミンなどの栄養素を粉末にして作った。

 ラインハート氏は米サンフランシスコで2013(平成25)年にソイレント社を設立。クラウドファンディングで資金を集め、14年に商品を発売した。大豆がベースの粉末タイプや、チョコレートやイチゴなどの味を加えたドリンクなどを用意した。

 「手間やお金がかかる食事は非効率」との問題意識から生まれた同社の完全栄養食は、購入者が食中毒を起こして一時は販売中止に追い込まれたものの、レシピを見直して再び投資家から資金を調達するなどし、米国やカナダでの販売を続けている。

 14年に英国で創業したHuel(ヒュエル)も、15年6月に同じく粉末やドリンクの完全栄養食販売に乗り出した。オーツ麦やエンドウ豆、コメなど植物由来の原料を生かし、31種類の栄養素が取れる。

 同社の売上高は15年度の80万ポンド(約1億5千万円)から18年度は4500万ポンドとわずか3年間で56倍に急成長し、19年4月には日本市場にも参入した。同年12月に全世界で同時発売した低糖質版の新商品は、同社の定番品より炭水化物を半減させたことに加え、ソイレントに含まれる人工甘味料を使っていない点が添加物を嫌う客層に支持され、さらに人気が高まっているという。

一人暮らし世帯にニーズ

 認知の高まりを受け、国内でも市場が広がりをみせる。民間調査会社の富士経済によると、令和4年の国内市場は前年比約2.3倍の144億円を見込み、12年にはその約3.8倍の546億円と予測。新型コロナ禍で高まった健康意識から「健康食品が再評価されたことや、肥満予防、美容に役立てる目的などで広がるプロテインブームも背景にある」と説明する。22年に国内の約4割が一人暮らしの「単独世帯」になると厚生労働省が予測していることから「個食シーンが増え、効率よく栄養が取れる完全栄養食のニーズが高まる」(食品業界関係者)との指摘もある。

 こうした市場拡大の期待には、国内企業の相次ぐ参入も影響している。

 専業メーカーで最も注目されているのは、平成28年創業のベースフード(東京)だ。IT企業の社員だった創業者の橋本舜社長が「飽きずに食べ続けることができるものを」と試行錯誤し、パスタの完全栄養食を29年2月に売り出した。33種類の栄養素が取れ、現在はパンやクッキーなど約20種類の商品を展開。令和4年11月には東証グロース市場に上場も果たした。

 粉末やドリンクが主力の先行メーカーとの違いは、食事に置き換えられる主食で初めて商品化したことだ。これを定額制で提供するほか、ローソンやファミリーマートなど大手コンビニにも販路を広げ、初心者層の獲得に注力している。

 社員と利用者がオンラインで交流できるコミュニティーを運営しているのも特色の一つ。顧客を商品開発に関わる「研究員」と位置づけ、商品のアレンジレシピや希望する新商品のアイデアなどが投稿される場となっており、「ロイヤルティー(企業ブランドや商品への愛着心)醸成に寄与している」(広報担当者)という。

 同社の5年2月期決算の売上高は前期比77.8%増の98億円。ただ、原材料・燃料高などで10億円の最終赤字を計上した。5月に実施した商品値上げによる原価率の改善などにより7年2月期までの黒字化を目指している。

 また、日清食品ホールディングスは4年5月に33種類の栄養素を取れる即席めんやスムージーなどの「完全メシ」シリーズ5品を発売した。大手食品会社の参入が話題を呼び、今年3月末時点のシリーズ累計出荷数は800万食に達した。冷凍食品も投入し、6月時点でシリーズは全20種類になっている。

「まずい」の印象根強く

 近年の参入例ではみそ汁やカレーなど食事代わりにできるものが目立ってきている。ただ、「良薬は口に苦し」を想起させるからか、完全栄養食は「まずい」との印象が根強い。

 こうした声について日本フードアナリスト協会は「風味や食感のあるものも近年増えてきた」とし、「おいしさを追求するのは日本人の得意分野」と今後、日本メーカーが競争優位性を高めるための重要なポイントになるとの認識を示す。

 一方で「栄養面ばかりが注目されている」と警鐘を鳴らし、「人々の生活に長く定着させるには誰かと一緒に楽しむ料理にして、食文化をいかに取り込むかだ」と指摘している。(田村慶子)

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