タクシーや貸し切りバスが宅配便を届けたり、トラックが人を運んだりする「貨客混載」。政府は過疎地などに限定してきたが、それ以外の地域も一定のニーズがあると判断し、6月末から全国に対象を広げた。トラック運転手が不足する「物流の2024年問題」が迫る中、輸送の効率化や環境負荷軽減が加速する可能性を秘める。各地の検討状況を探った。
長野県中部の諏訪盆地に位置する人口5.5万人の茅野市は、貨客混載の対象エリア拡大を好機とみて、タクシーによる医薬品配送の実現に向けて検討を始めた。足が不自由だったり、運転免許証を返納したりした交通弱者の“足”を確保する狙いだ。
市内は市街地、中山間地、別荘地が分散し、高齢者らの交通弱者も多い中、限られた医療資源でいかに市内全域をカバーするかが課題となっており、タクシーによる医薬品配送を求める声が多かったからだ。
「運転免許証を返納した中山間地に住む高齢者らが、知人や家族に車で病院まで連れて行ってもらったとしても、受診の待ち時間もかかっているのに、帰り際に『薬局に寄りたい』とまではお願いしにくいという事情に配慮した」。市DX(デジタルトランスフォーメーション)推進課の担当者は、医薬品配送の検討を始めた背景をこう説明する。
市が描くイメージはこうだ。自宅に普段の医薬品がなくなった場合、患者本人の代わりにタクシーが薬局を訪問し、必要な医薬品を患者宅に届けてもらう。患者にとって薬局と自宅をタクシーで往復するより片道分の料金で済むとともに、需要を喚起できればタクシー事業者の売り上げ増にも寄与する一石二鳥というわけだ。
平成29年に解禁となった貨客混載はこれまで物流網が乏しく、過疎地を抱える人口3万人未満の市町村が対象で、対象外の茅野市はエリア拡大を政府に求めてきた。新幹線や高速バスといった大動脈を活用して地場産品を首都圏などに運ぶ実証実験は展開されているが、加速する過疎化の喫緊の課題ともいえる地域の足の確保、いわば「毛細血管」をいかに機能させるかを探る動きだ。
ただ、タクシーで配送するにしても医薬品の温度管理だったり、医薬品は処方箋原本との引き換えが原則という現行ルールの解決策だったり、クリアすべき課題は少なくない。
3年前、外出自粛など新型コロナウイルス感染症の流行で苦しんだ関係業界への支援策として貨客混載の発想を活用したのは北海道北斗市だ。
令和2年2月に独自の緊急事態宣言が北海道に発令され、外食産業の食材需要が激減した。そのあおりを受けた基幹産業の漁業関係者を支援するため、市は2年度、地場の海産物を市内や近隣自治体の住民らへのタクシーによる宅配事業を実施した。
市は、コロナ禍による外出自粛で在宅での食材需要は拡大し、許可を得ればタクシーで飲食物を運ぶことができる政府の特例措置を活用した。市内のタクシー会社「新星ハイヤー」に依頼し、荷物1個当たり市内は800円、市外1200円で地元で水揚げされた牡蠣やホッキ貝などを宅配。苦境にあえいでいた同社の柏崎真二営業課長は「落ち込んだ売り上げの改善に効果があった」と振り返る。
市の担当者は「支援策は当時、新型コロナ禍の経済対策を目的とした措置で、物流面の貨客混載とは意味合いが異なる」としながらも、「将来的に貨客混載の必要があれば、今回の経験は参考になる」と話す。
過疎地を多く抱える道内では貨客混載の取り組みが進んでいる。国土交通省北海道運輸局によると、乗り合いバス(路線バス含む)やタクシーなどが運送事業者と連携している事例は15件ほど。JRと大手運送会社、地元タクシー事業者による貨客混載輸送も道北地方で始まっている。
輸送効率化にもつながる貨客混載が今後、活発化するかどうか。今年5月の新型コロナの5類移行後、インバウンドを含めた観光需要は回復傾向。病院やスーパーなどに出かける日常の足としてタクシー需要も戻りつつあるだけに、ドライバー不足に拍車がかかる恐れがある。新星ハイヤーの柏崎営業課長は貨客混載について「全国的に不足するドライバーを確保しなければ対応できない」と課題を指摘する。(原田成樹、坂本隆浩)
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