ダストボックス上に山積みになった食器やトレー。少し前まで関西国際空港内のフードコートでよく見られた光景だ。オープン以来8カ月近く改善されなかった課題だったが、直近のわずか1カ月で劇的に改善した。秘策となったのは「斜めの板」。“角度”をつけたことが効果をあげた要因という。調べてみると、忘れ物や交通事故の防止にも角度による一工夫が効果を発揮している事例が。いろんな課題や困難も、ちょっと角度をつけると改善できるかもしれない。
新型コロナウイルス禍から順調に需要回復が続く関空。そんなにぎわいのかたわらで、昨年10月、第1ターミナル2階にオープンしたフードコートは、ある問題に直面した。
ダストボックスの上に積み上がったトレーや食器。食べ残しがある食器もあり、見た目もよくない。関空を運営する関西エアポートのコマーシャル部、森本和哉さんは「他のフードコートでは見られない光景。想定外だった」と頭を抱えた。
このフードコートは利用者が店に返却する形式を採用したが、外国人旅行者などこのルールに不慣れな人が多いことが影響。どう片付ければいいか分からず、誰かがダストボックス上に置くと、それを呼び水にトレーを重ねたようだ。
まずはルールの掲示から始めた。昨年末までに日本語、英語、中国語、ハングルの4言語で130台余りのテーブルやフロア内の柱に店舗への返却を呼びかける掲示を貼り出した。
少し改善がみられたものの、旅客数の回復とともに店舗が混雑すると元に戻った。どうするか。森本さんは「置けなくするしかなかった」と明かす。
そこで考え出されたのが、ダストボックス上に「斜めの板」を設置すること。「ここに置いたらずり落ちる」と見た目で分かるようにし、板の上にはルールを掲示。6月中旬、7カ所のダストボックス上に斜めの板を置くと、「一気に返却率が上がった」という。
ちなみに、板の角度は36度。「ダストボックス上のスペースに設置可能なサイズで、見た目でも傾斜していることが分かる角度」だという。
物を置けるようにしたことで、事態が改善した事例も。“カギ”となったのは半回転(180度)だった。NEXCO東日本が手がけた「忘れ物防止トレイ」だ。
東日本で高速道を運営する同社への忘れ物の問い合わせは年間3千件超。うち半数ほどがサービスエリア・パーキングエリア(SA・PA)のトイレでの忘れ物だ。トイレ個室での置き忘れを減らそうと平成29年から開発を始めた。
室内で回すカギに小物置きとなるトレーを取り付けた。個室から出るためカギを回すにはトレーに置いた物をどけるしかない。忘れ物をしにくくなる効果が期待された。
令和3年には、忘れ物の問い合わせは約4割減少。今年4月時点で全体の約4割にあたる125カ所のSA・PAに設置が完了した。他社にも販売し、導入事例が増えている。
角度で交通事故防止を推進している例もある。
愛知県警の「鋭角横断歩道」は、その名の通り、斜めになった横断歩道だ。
平成24年10月、愛知県東郷町の交差点から始め、昨年度末までの設置数は計32カ所。県警交通規制課は「右左折時にドライバーが横断歩道の端まで見渡すためには後ろまでしっかりと振り向かないといけないが、鋭角横断歩道ではそれが軽減される」と説明する。
視線を動かす範囲が直角の横断歩道より狭く全体を見渡せるようになり、歩行者に気付きやすくなるのだ。
豊田高専の荻野弘名誉教授(交通工学)との調査研究で効果的な角度を検証し、12度と割り出した。周辺条件ですべてを12度にするのは難しいが、効果が見込まれる場所は少しでも角度をつけているという。
平成31年3月までに鋭角横断歩道に変更した26カ所について設置前後の1年間を比較したところ、計17件あった人身交通事故が7件に減少したという。
ただ、鋭角に変更した際に信号機のLED化なども進めていて、同課は「ほかの対策も事故が減少した要因だ。鋭角の場合、横断距離が少し延びるデメリットもあるので、しっかりと必要な場所を見極めたい」と話す。
これらの取り組みについて、ヒューマンエラーに詳しい関西大社会安全学部の中村隆宏教授は「どうすればよいか直感的に分かり、自然に望ましい行動を促している」と評価する。例えば、斜めの板は「トレーを置けない」と分かるなどその意味が自然に理解できる。
中村氏は「ミスを防ぐためにシステムを複雑にするほど、人間の自然な行動を無視する結果になる」と強調。最小限の努力で最大限の成果を得たいという合理的な心理も働くため、工夫はシンプルであるほど好ましいという。
望ましい行動に自然に仕向ける仕掛けには、行動経済学の「ナッジ」も知られる。列に並ばせる際に足跡マークを床につけたり、小便器に的のシールを貼ったりする取り組みが有名だ。
自然に行動を仕向ける工夫で重要な点について、中村氏は「トレーを置かせない、ドライバーに歩行者を気付かせるなど本来の目的が何かを理解し、それを外さないよう考えること」と話す。(藤谷茂樹)
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