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» 2023年08月14日 10時03分 公開

AI、量子コンピューター……有望研究見抜いて先行投資 東大の新組織

東京大が研究インテリジェンス組織の新設を目指す背景には、資金力で米国や中国に劣る日本勢が研究開発競争で生き残るために、将来有望な研究分野を見抜いた上での先行投資が不可欠とする戦略的な判断がある。

[産経新聞]
産経新聞

 東京大が研究インテリジェンス組織の新設を目指す背景には、資金力で米国や中国に劣る日本勢が研究開発競争で生き残るために、将来有望な研究分野を見抜いた上での先行投資が不可欠とする戦略的な判断がある。大学の研究力強化は政府が掲げる成長戦略のひとつで、世界最高水準の研究大学実現に向けた取り組みも進む。先見の明で研究力向上と人材確保を狙う東大の試みは、国家戦略の成否の鍵も握る。

東京大本郷キャンパスの赤門=3日、東京都文京区(小野晋史撮影)

将来性ある研究や研究者を

 東大は新組織の主な目的として、AI(人工知能)や量子コンピューター、先端半導体や次世代通信といった重要技術に関する研究動向の把握を掲げる。いずれも各国が研究開発でしのぎを削る分野だが、実用化のめどが立った時点で新規技術の研究開発に本腰を入れても、資金力に物を言わせる米中にはかなわない。近年ではAIの開発競争が好例で、日本勢は米中両国に大きく引き離されている。

 そこで東大は、研究開発が始まったばかりの段階で将来性をいち早く見抜き、人材獲得や資金投入などを通じて海外勢をリードし、実用化のめどが立った後も太刀打ちできる仕組みに活路を見いだした。研究動向に関する情報を幅広く収集分析する新組織は、この仕組みを支える大きな柱だ。

 東大には昨年5月時点で教職員約1万1千人、大学院生約1万5千人が在籍。さまざまな分野で高いレベルの研究活動が行われており、学会が開かれるスケジュールの把握や、研究内容の価値判断などで新組織との連携も期待できる。

 東大副学長の太田邦史教授によると、海外の主要な研究集会には、世界的な影響力を持つ英科学誌「ネイチャー」の編集部門や、インターネットおよびGPS(衛星利用測位システム)の開発で名高い米国防高等研究計画局(DARPA)の関係者らが顔を出し、研究者と交流しながら最先端の情報集めに従事しているという。

 太田教授は「単純にデータを集めても見えてこない部分がある。人との交流から出てくる情報は非常に重要だ。本当に先端の場所で聞かないといけない」と指摘する。

ノーベル賞受賞者を“逃した”教訓

 新組織は学外だけでなく、学内での研究に関する情報も収集分析の対象とする。背景には過去の苦い経験がある。

 平成28年にノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典氏は、受賞につながる研究成果を東大助教授時代に出していた。しかし、大学側はその将来性を見抜けず、大隅氏は外部の研究所に転出。21年には東京工業大の特任教授として招かれ、東工大所属の研究者としてノーベル賞の受賞が決まった。

 この“失態”を教訓として、東大は31年、駒場キャンパス(東京都目黒区)に先進科学研究機構を設立。深層学習や量子コンピューターをはじめとした最先端の分野で有望な若手研究者らを探し出して登用し、学生の教育面も含めた活性化につながっているという。

 新組織は同機構を一つの先行事例として、同様の取り組みを大学全体に広げる意味合いも持つ。

研究力低下に歯止め

 政府は成長戦略で、科学技術によるイノベーションが経済力を引き上げると明記した。昨年3月には、世界最高水準の研究大学を実現するため、10兆円規模の大学ファンドを創設。今秋にも同ファンドの支援対象となる国際卓越研究大学を認定するが、東大は最有力候補とされる。

 東大は同ファンドからの支援による資金力を見越した上で、新組織による情報力とうまくかみ合わせ、成長が見込まれる研究分野への先行投資や優秀な研究者の獲得などを狙う。

 東大関係者は「大事なのは情報を集めるだけでなく、大学運営や研究活動などに反映させて価値化につなげることだ」と強調。日本全体の研究力低下が叫ばれるなか、東大の新たな戦略が日本の国際競争力をどこまで強化できるか注目される。

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