NFT(非代替性トークン)と呼ばれる最先端の認証技術がついた「デジタル住民票」を発行する自治体が相次いでいる。住民基本台帳法に基づく住民登録ではなく、その地域のファンである「関係人口」を増やし、地域活性化へつなげようとの狙いだ。それは人口減少に悩む自治体同士が移住者、つまり新たな住民票を奪い合うような現状への課題解決の試みでもある。
キーボードをたたいて申し込んだら、「Furusato(ふるさと)」と素朴なローマ字で書かれたデジタル町民証が届く。「もう一つのふるさと」を贈られた気がした。
岩手県中部、人口約3万3千人の紫波(しわ)町は8月1日から、「デジタル紫波町民制度」を始めた。町民証はNFTと呼ばれる認証技術によって、保有者が明確にされている。
町がデジタル町民に期待することは、ずばり「町の応援団」。交流サイトなどで町をPRしたり、町へ有益な情報を提供したり、建設的な提案をしたりしてもらいたいという。特典として、町の温泉入浴料の割引のほか、デジタル町民限定のイベントやアンケートへの参加資格が用意されている。
町企画課の森川高博副課長(48)は「『ふるさと』紫波町を応援してくれる人が増えてくれることが最大の目的。誰でも気軽に町民になってもらおうと無料配布にした」と話す。登録には本名を求めるものの、本人確認書類の提出は不要とした。一方で選挙運動や政治活動、宗教活動は禁じた。
町のホームページで告知し、これまでに25人のデジタル町民が生まれたという。
デジタル住民票は、その自治体のファンクラブの会員証のようなもの。これまでも平成25年から始めた福島県須賀川市や、昨年6月に始めた兵庫県養父(やぶ)市などが発行しているが、今年に入りNFTつきのデジタル住民票を発行する自治体が現れた。
月山(がっさん)で知られる山形県西川町は4月17日、全国の自治体で初めてNFTつきデジタル住民票を発行した。保有者は町のオンラインコミュニティーへの参加や、町内の温泉の入浴無料といった特典が受けられる。
住民票は有料で、価格は1千円。1千個限定で募集したところ約4700人の町人口の2.8倍に当たる1万3440件の申し込みがあり、即座に完売した。
100万円の収益のうち、契約で町には6割の60万円が入ったが、町の歳入に入れるに当たって問題が起きた。地方財政法上、適当な科目が見当たらないためだ。町は総務省とも相談し、「諸収入」の中の「雑入」へ入れた。いわば「その他」の「その他」。
総務省自治行政局は「あらかじめ定められた科目の中から、市町村がそのどれに当たるか、ケースごとに判断することになる」(行政課)と説明する。
町は4月、庁内に「つなぐ課」を新設、課内に「関係人口係」を置いた。荒木真也課長(57)は「そもそも、町が『稼ぐ』ことが国の制度上、想定されていない。でも、人口が減れば税収も国からのお金も減る。一方で道路や水道といった公共インフラは維持していかなければならない」と話し、こう続けた。
「持続可能な町のため、自分たちのアイデアで財政をいくばくかでも賄っていくのは、健全なことだと思う」
町は9月議会で来年度、「かせぐ課(仮称)」を新設すると表明した。
NPO法人「日本で最も美しい村」連合では4月1日から、同連合のサポート企業である合同会社が事務局を務めるネット上のコミュニティーがNFTつきデジタル村民証を発行。同連合に加盟する61町村などのうち、静岡県松崎町と鳥取県智頭(ちづ)町が参加している。
村民証は有料で、価格は1万円。両町によると、村民証を持つのは8月末時点で松崎町20人、智頭町24人。収入はほぼ全額、コミュニティーの管理、運営費に充てられる。
7月14日には山口県美祢(みね)市が、西川町と同じNFT販売サイト運営会社の協力を得て、デジタル住民票の発行を始めた。
国内外でNFTなど最先端の情報技術を使った地域づくりへ関わる新興企業「奇兵隊」(東京)の阿部遼介代表(41)は「NFTの大きな特徴は、オープンで分散的であること」と説明する。
NFTは「ブロックチェーン(分散型台帳)」という先端技術を使い、ネットワーク上にデータが分散して記録される。このため、改竄(かいざん)が事実上不可能な上、NFTつきのデジタル住民票は発行自治体が一元的に管理するのではなく、さまざまな企業や地域の団体が活用できるようになる。阿部さんは「それはデジタルな公共財と言える」と、その可能性を指摘する。
阿部さんは「関係人口だけでなく、都市とのつながりを持つ新しい移住者や、ふるさとを離れて都市で暮らす若い世代もデジタル住民になってもらうとよいのではないか」と話す。
東北地方の町役場から東京都内の大手企業へ出向中の女性社員は「国から地方へのお金の配分は人口が基準。このため、どの自治体も『移住・定住人口を増やせ』と、住民票の取り合いになっている」と実情を話す。
人口減少の中、自治体間による移住者の誘致合戦は「地方創生」の主要施策となっている。だが、移住者つまり住民票の奪い合いには、国全体でみれば勝者のいない「ゼロサムゲーム」の懸念が指摘されている。
関係人口は、観光で訪れる「交流人口」と、移住者らの「定住人口」の間に位置する層として、「観光以上、移住未満」とも表現される。ふだんは都市に住みながら、特定の地域へ継続的に関わるため、移住者の奪い合いにはならない。関係人口から定住人口が生まれることも期待できる。
もちろん、デジタル住民票を発行すれば関係人口が増えるわけではないし、ファンはやがて離れてしまうかもしれない。西川町は昨年4月以来、関係人口を増やし、そのつながりを深めるさまざまな施策を積み重ねてきた。その多くに、関係人口や「関係企業」が関わっている。NFTつきデジタル住民票も、そうした企業とのつながりから生まれたものだ。
現在4696人いる町の人口は、今年5月1日時点で前月より社会増が自然減を上回り、6年6カ月ぶりに1人増えた。9月1日時点も前月より3人増えた。小さくて、大きな一歩が始まった。
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