列車内で乗客が襲われる事件が相次いだことを受け、国土交通省は15日、新たに導入する鉄道車両への防犯カメラ設置を義務付ける改正省令を施行する。新幹線の全路線と乗客の多い大都市圏の在来線が対象で、安全対策は強化される一方、プライバシー保護や維持管理コストの負担などの問題もある。不特定多数の人が利用する鉄道の安全は担保されるのか。(大竹直樹)
列車内への防犯カメラ設置義務化の議論は、令和3年に京王線や小田急線で相次いだ乗客刺傷事件を契機に始まった。事件のあった京王線の車両には防犯カメラが設置されておらず、乗務員が車内の詳しい状況を把握できなかったが、小田急線の車両には防犯カメラがあり、事件後に発生当時の乗客の避難行動なども検証できたためだ。
国交省は防犯設備などの技術基準見直しに関する有識者検討会で議論を重ね、6月に設置義務化の方針を決めた。鉄道評論家の川島令三氏は「鉄道の安全のためには必要な措置。犯罪の抑止にもつながる」と指摘する。
義務化の対象となるのは新幹線のほか、「輸送密度」と呼ばれる1キロ当たりの1日平均乗客数が10万人以上の在来線。乗務員が車内を把握しやすい1〜2両の短い編成の列車は除外される。
新幹線は北海道から九州まで、ほぼ全ての車両で設置済み。首都圏では東京五輪・パラリンピックのテロ対策などもあって設置が進み、JR東日本は首都圏の在来線全車両(約8500両)で完了している。
鉄道の安全に詳しい関西大の安部誠治名誉教授(交通政策論)は「カメラの設置で犯罪を思いとどまる人がいるかといえば難しい」と抑止効果には懐疑的だが、「最大のメリットは、車内の状況をモニターすることで被害の拡大を防止できることにある」と強調する。
新幹線ではすでに、列車の運行を管理する指令など離れた場所から車内の映像をリアルタイムで確認できるシステムの導入が進む。「車内の非常ボタンが押されたら、指令がすぐに異常を察知し、車内状況を把握できる」(安部氏)。車両を緊急停止させるかどうかの判断や、警察・消防への通報など速やかな対応が可能になるという。
在来線でも、JR東が今年度中に山手線の車両1編成に映像を指令などで確認できるシステムを試験導入する。車内の非常通話装置が使用されると指令のアラームが鳴り異常を知らせる仕組みで、有用性を検証した上で全編成に展開予定だ。
国交省は9月、各地方運輸局に事務連絡を発出し、鉄道会社にプライバシー保護に努めるよう注意を促したほか、「車内に『防犯カメラ作動中』というステッカーを貼っており、旅客に撮影されていることを伝えている」(担当者)という。
プライバシーへの配慮については鉄道会社の判断に委ねられているが、JR東は「セキュリティー管理を厳格に行っている。閲覧できる者を限定し、業務上・公益上の必要がなければ閲覧できない」と話す。
一方、防犯カメラの設置費用は鉄道会社の負担となり、保有する車両が多ければメンテナンス費用もかさむ。設置率向上のために国の支援を求める声もあるが、安部氏は「安全には代えられない。被害拡大を抑えるためにも防犯カメラの設置は重要で、費用の問題は鉄道事業者が努力すべきだ」との見解を示した。
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