乗客を奪い合う熾烈(しれつ)な競争を繰り広げてきた交通事業者2社が、乗客減少を背景に協業を進めている。
乗客を奪い合う熾烈(しれつ)な競争を繰り広げてきた交通事業者2社が、乗客減少を背景に協業を進めている。九州一円に鉄道網を持つJR九州と、全国有数のバス会社である西日本鉄道。互いをライバル視し、並行する路線で値下げ合戦を展開した過去もあったが、連携により乗り継ぎなどの利便性が向上し、利用者の評価も上々だ。乗客減により交通各社は単独での路線維持が難しくなり、赤字路線の廃線や減便を余儀なくされている。“商売敵”だった2社の取り組みは、九州域外の事業者からも注目を集める。
福岡・大分両県の県境に近いJR添田駅(福岡県添田町)は、駅ホームの片側がバス高速輸送システム(BRT)が停車できる道路となっている。JR九州の列車と隣り合うのはBRTと、西鉄のバスだ。接続もスムーズで、乗り換えに時間がかからない。
周辺は高齢化が進み、地域存続の観点から公共交通の維持が大きな課題だが、同駅から大分方面への鉄道が平成29年の豪雨災害で被災して不通となり、令和5年に鉄道からBRTに切り替わった。乗客から選ばれる交通にしようと、JR九州は西鉄グループに協力を依頼し、西鉄バスのホームへの乗り入れや、バス運行の一部を委託して効率化を実現。停留所を増やすなどの取り組みもあり、BRTの利用状況は好調という。
「昔の関係のままではこんな発想はできなかった」と両社の関係者は口をそろえる。とりわけ中堅以上の社員は互いを「商売敵」とみていたからだ。
JR九州は昭和62年の民営化以降、九州各地に新駅を設置し鉄道網を築いた。しかし平成に入ると、九州各地で高速道路が延伸し、熊本や長崎などJRの鉄道網があるエリアで西鉄が高速バスを導入した。格安高速バスで攻勢をかけると、JR九州は割引切符「2枚きっぷ」「4枚きっぷ」を打ち出して対抗。JR九州のこの時期の減収は6年間で計200億円にもなり、乗客をどう奪い返すかが営業部隊の命題となった。「競合相手に便宜を図らない」という理由で、JRの駅前に西鉄のバスを乗り入れさせないこともあった。
適切な競争は乗客のメリットになるが、過剰な競争で体力が落ちれば消耗戦にもなる。人口減少や少子高齢化が進み、JR九州のローカル線利用者は昭和62年度に比べ3分の1に減少した。西鉄も乗客減に加えて運転手不足に直面し、同社バスグループの乗務員は必要人員に対し100人程度不足する事態となった。
人の移動に関する共通の課題が事業者の関係を変えた。連携して課題を解決し、選ばれる輸送機関にしたいと、令和元年に当時のトップ同士が輸送サービスでの連携を決断。従来は競争していたエリアでも、スムーズな乗り継ぎを可能とする接続連携や、駅やバス車内で互いの時刻表の案内などが進んだ。
また、2年からは観光列車のツアーを共同で企画し、初回となったJR九州の「A列車で行こう」と西鉄の「ザ レールキッチン チクゴ」の乗車プランには、104人限定チケットが即日完売。2社の鉄道路線が近接する福岡県大牟田市では、列車を並走させようと、両社の運転士が同じ速度で運転し、ワンチームを想起させるイベントとなった。
JR九州の古宮洋二社長は「自社だけにこだわっていたらローカルの公共輸送機関はつぶれる。『競争』ではなく『共創』の時代だ」と危機感を語る。西鉄の林田浩一社長も「これからは競う時代ではない。長い目でみて無益な争いより、良い点を認め合って持続可能な形にしていく。並行して走る路線では、需要に応じた減便も必要だ」と語った。
今では2社が部署ごとにさまざまなアイデアを具現化し、他県の経済団体や行政関係者の視察や問い合わせも相次ぐ。九州内では、タクシーや他の地方バスなどに賛同が広がり、昨年8月、連携して新たな移動サービスを提供する「九州MaaS(マース)」が始動した。現在までに104の団体が加盟し、持続可能な公共交通を実現したいと官民の連携も進む。
JR九州から出向し、九州MaaS協議会の事務局長を務める木下貴友氏は「西鉄さんと一緒に各社をまわって説明し、事業者が話せる土壌ができた。この枠組みを生かして新たな価値を一緒につくっていきたい」と語る。路線維持に向けた新たな事業が今後も見込まれ、九州の交通サービスは大きな転換期を迎えている。(一居真由子)
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