工期2年半を1年10カ月に短縮 神戸の新アリーナ建設で導入された「タイパ手法」の威力

4月4日に開業し新たな観光拠点として期待されている施設だが、建設工事は悪条件の連続だった。

» 2025年04月21日 12時59分 公開
[産経新聞]
産経新聞

 神戸港の発展を支えてきた港湾施設「突堤(とってい)」が、華やかな水辺のアリーナに生まれ変わった。「GLION ARENA KOBE(ジーライオンアリーナ神戸)」(神戸市中央区)。4月4日に開業し新たな観光拠点として期待されている施設だが、建設工事は悪条件の連続だった。3方向を海に囲まれた狭く特殊な立地、強風や海水との戦い…。それにも関わらず通常2年半を要する工事で、1年10カ月という短工期を実現した。鍵は「フロントローディング」と呼ばれる手法だった。

4月4日に開業した「GLION ARENA KOBE(ジーライオンアリーナ神戸)」。神戸の新たな観光拠点として期待されている=神戸市中央区

前倒しと意見共有

 新アリーナは、延べ床面積約3万2300平方メートルの7階建てで、9843の固定型観客席を設けており、「どの席からも目の前を遮るものがないような構造」(内装関係者)だ。観客席がアリーナフロアに近いことから選手のプレーを間近で楽しめる。

 建設を手掛けた大林組の神戸アリーナ工事事務所、松田浩一所長は「全体的な工事量からすると30カ月(2年半)近くかかる仕事なんです」と明かす。

 松田所長によると、工事を開始したのは令和5年4月。通常ならば完成には7年10月までかかる計算になるが、すでに2年後の7年春までの開業は決まっていた。間に合わせるためには、半年以上工期を縮める必要があった。

 そこで同社が採用したのが「フロントローディング」という手法だ。初期の設計段階で検証やシミュレーションを重ね、設計を初期の工程内ですべてを完了させる手法で、施工途中の設計変更による負担を軽減することで作業効率を高めることができるのだという。

ジーライオンアリーナ神戸の建設工事の様子=令和5年12月、神戸市中央区(大林組提供)

 大型建築物の施工現場では、初期の設計に変更を加えることなく完成に至るケースはほとんどなく、施工途中で何らかの設計変更が加えられるのが一般的。ただ、その度に予算や工程の見直しなどを強いられ、手間や時間がかかってしまう。

 同社は新アリーナ建設で、フロントローディングをスムーズに進めるため、設計部門による検討段階から施工部門のスタッフも入り、お互いの意見を着工前に設計に反映させ合うことができた。 松田所長は、「関係者全員が短工期でやらなければという危機感を共有していた」と説明。「工事を進めるうちにコミュニケーションが円滑になり、一体感が生まれた」と振り返る。

 フロントローディングのメリットについて武庫川女子大建築学部建築学科の鳥巣茂樹教授(建築構造設計学)も、「プロジェクト関係者間で情報共有・相互理解を図り、早期に合意形成を行うことで、建設工事を滞りなく速やかに完成することができる」と指摘する。

悪条件も工夫で克服

 短工期の実現に加え、今回の新アリーナ建設で大きな障壁となったのが「突堤」という三方海に囲まれた狭小な現場環境だ。限られたスペースのため、作業場や建設資材の保管などに制限があった。突堤の岸壁付近は別の船舶関係の工事で使われており、「(アリーナの)外側から大型クレーンでの作業もできなかった」。

 このため、さまざまな施工上の工夫を重ねた。

 例えば、新アリーナの骨組みとなる鉄骨工事で、大屋根部分を支える長さ約70メートルの鉄骨アーチをアリーナの東西方向に架ける工程の場合。従来はすでに組みあがった鉄骨アーチを現場でそのまま架けるが、今回の現場では組みあがった鉄骨アーチを置くスペースがない。

 そこで、鉄骨アーチを8分割した部材を工場で製造。それら部材を輸送し、現場(地上)で部材2つずつを組み合わせた計4つの部材にし、クレーンで所定の位置につり上げた4つの部材を空中で組んで鉄骨アーチを架けていった。

大屋根部分を支える長さ約70メートルの鉄骨アーチ=令和5年11月、神戸市中央区(大林組提供)

 また、アリーナ内のトイレも、すでに工場でユニット化したものを現場に運び、現場では配管でつなぐだけの作業にすることで作業の効率化を図った。

 このほか、課題となったのが強風対策だ。日々の風の状況について事前の気象関連情報を収集し、突然の強風で鉄骨などが崩れたりしないよう「仮設のワイヤを張るなどの対策をしながら施工を進めた」(松田所長)。また、満潮時などに想定される海水流入にも配慮した。建物外構の雨水排水工事など、通常は後半に行う工事を初期段階で実施し、海水の影響で工事が中断するリスクに対応した。

 実はアリーナ工事としては同社が設計と施工の両方を手掛けた初めての事例といい、松田所長は「(今回の工事に関する)意見書をまとめ、社内で今後の事業に生かすための参考にしてもらう」と胸を張った。

新しいにぎわい拠点に

 4月4日に開かれた新アリーナの開業イベントには約6千人の市民らが招待され、新アリーナの完成を祝福。5、6日には神戸ストークスの試合も行われ、ほぼ満席となった新アリーナは観客の熱気に包まれた。久元喜造・神戸市長は「その迫力に圧倒された」と絶賛する。

 付帯設備も充実している。アリーナの東側一面には縦約13メートル、横約24メートルで、国内アリーナでは最大規模の壁面LEDビジョンを設置。天井からつり下げられた「センタービジョン」とあわせ、多彩な映像演出ができるのがウリだ。さらにアリーナ内の至るところに導入された約50台のスピーカーが試合や音楽ライブの臨場感を高める。

多彩な映像演出を担う壁面LEDビジョン(左)とセンターハングビジョン=神戸市中央区

 新アリーナを運営する「One Bright KOBE」(神戸市中央区)の渋谷順社長は「神戸に新しいにぎわいを創造できる拠点にしたい」と力を込めた。(香西広豊)

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