創業約350年で国内最古の製薬企業として知られる田辺三菱製薬が大きな転機を迎えている。
創業約350年で国内最古の製薬企業として知られる田辺三菱製薬が大きな転機を迎えている。親会社の三菱ケミカルグループは今年7〜9月をめどに、米投資ファンドのベインキャピタルに田辺三菱の売却を完了させると発表。複数の企業統合を経た田辺三菱が外資の傘下になるのは初めてで、背景には製薬業界全体の構造変化がある。
「長年、同じ屋根の下で暮らした家族。親孝行な子供でもあり、深く感謝している」。三菱ケミカルグループの筑本学社長は、収益力が高く良い仕事をしていると評価していた田辺三菱を手放すことになった惜別の気持ちをこう語った。
一方で「化学と医薬のシナジー(相乗効果)は薄れた」と強調。「ヘルスケア分野への投資実績を持つベインキャピタルの下で成長を促すことが最適な選択だと判断した」とし、長年の関係に一区切りをつける決断に至った背景を説明した。
田辺三菱の歴史は、江戸時代の1678年に初代田邊屋五兵衛が大阪・土佐堀に薬の製造販売の店を構えたことに始まる。明治初期には海外製の薬の取り扱いを始め、大正時代には最新式の製薬工場を建設して国内での生産体制を強化した。
昭和初期の1933年に株式会社化し、その後に社名を田辺製薬に変更。武田薬品工業や塩野義製薬と並ぶ「道修町(どしょうまち)御三家」として知られる存在だった。
田辺製薬は2007年、吉富製薬やミドリ十字などを起源に持つ三菱ウェルファーマと合併し、現在の田辺三菱製薬が誕生。20年に三菱ケミカルグループ(当時は三菱ケミカルホールディングス)の完全子会社となった。
創薬に強みを持つ同社はこの間、多発性硬化症治療薬「イムセラ」や糖尿病治療薬「カナグル」、北米市場で販売するALS(筋萎縮性側索硬化症)治療薬「ラジカヴァ」などで存在感を発揮。三菱ケミカルグループの25年3月期決算では、ファーマ事業(田辺三菱製薬に相当)の営業利益は654億円。グループ全体に占める割合も小さくなく、一定の収益性を維持していた。
しかし、売り上げを牽引(けんいん)するラジカヴァは29年に北米での特許が切れる予定で、「パテントクリフ(特許の崖)」による売り上げ減が見込まれている。新たな主力医薬品の開発が急務となるが、パーキンソン病治療薬の米国承認が見送られるなど、将来性には不透明感が漂う。
「製薬企業は自社開発してこそだが、田辺三菱の開発パイプラインが盤石とのイメージはない」。こう語るのは吉富製薬での勤務経験もあるアナリストの伊藤勝彦氏。三菱ケミカルグループのような化学企業が製薬部門を持つ難しさについて「研究開発には長期的な視野と莫大(ばくだい)な費用が必要で、化学出身の経営者には理解が難しい。シナジーはもともとなく、『希薄化した』というのは建前的な理由だろう」と語る。
国内では住友化学傘下の住友ファーマも同様の課題を抱えており、業界全体として再編の波が押し寄せている。
かつては年間売り上げ10億ドル(約1450億円)を超える「ブロックバスター」も数多く誕生し、自前の新薬開発力で「創薬大国」と評された日本。現在は国内市場の縮小やバイオ医薬品の台頭によりその地位に陰りが差す。ある業界関係者は「大方の薬は出尽くし、残るのは難しい領域ばかり。今や完全にレッドオーシャン(競争の激しい市場)だ」と語る。
今後、田辺三菱の創薬力は強化されるのか。三菱ケミカルはベインのヘルスケア分野への豊富な投資実績を評価しており、新しい創薬分野への投資やグローバル展開へのノウハウ提供が期待される。
ベイン側も「創薬活動の生産性向上、商業化、戦略的買収を通じて新たな成長機会を開拓していく」とし、再上場の可能性もある。
一方、出資先の企業の価値を高めてから株式を売って稼ぐPE(プライベート・エクイティ)による買収になるのではとの懸念もある。
製薬市場調査会社、ファーマセット・リサーチの三島茂社長によると、買収する側が研究費を削減し、既存薬に頼って短期的な利益を重視することで、企業が「使い捨て」のように扱われるリスクがあるという。「今回のケースが必ずしもそれに当てはまるとはいえないが、開発力に乏しい企業にとっては厳しい現実が待ち受けている可能性がある」(三島氏)。
研究開発コストの高騰や国内市場の縮小により、グローバルな視点での成長戦略を迫られている日本の製薬企業。医薬品業界に詳しいUBS証券の酒井文義アナリストは「国内事業の再建や強化に苦心する大手製薬企業もある中で、ベインがどのようなビジネスモデルを築くのかは今後の業界の関心事になる」と注目する。
田辺三菱がベイン傘下で再び創薬力を発揮し、グローバル市場での競争力を取り戻すことができるのか。日本の製薬業界全体の今後を占う上で大きな試金石となる。(清水更沙)
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