イノベーションを加速するのは「知恵の和」――企業内メディア「EGM」:トレンドフォーカス(2/2 ページ)
社員自身による社員のための企業内メディア「EGM」(Employee Generated Media)を企業内部でのオープンイノベーションにつなげようとする動きが始まっている。非営利コンソーシアムのenNetforumでは、社内SNSや社内ブログを活用する先進企業の担当者が、運用上の課題を解決するための議論を行ってきた。
トップの意向で変わる社内SNSの成否
医療・健康関連企業のジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、メディカルカンパニー内のエチコン(手術用医療機器)を扱う部門において、01年12月にナレッジマネジメントポータルの「ナレッジスタジアム」を立ち上げた。医療分野の深い専門性が求められる一方で、徹底した成果主義をとる同社は、社員同士の友好的な競争文化の上に、事業部内の知識共有とスキルアップ、顧客満足度の高い提案方法の開発などをナレッジスタジアムの目的に掲げた。研究会の立ち上げや社内のナレッジ学会を実施するなどリアルの活動を促進、03年には対象部門の6割が利用するまでに拡大した。
しかし、04年にトップが交代すると、情報漏えいのリスクを理由にナレッジスタジアムの利用に否定的な風潮が広まり、アクセス率も2割まで低下した。同社のエチコン事業部マーケティング部でマーケティングコミュニケーションチームに所属する戸上浩昭氏は、そんな状況で管理者に就任した当時を振り返り、「01から04年まで蓄積した資料を徹底的に整理し、検索ページやブログを導入したことでなんとかアクセスが戻り、価値提案型の営業体制が構築できるようになった」と語る。
その後、06年に否定派のトップが交代すると、再びポータルの活用も盛んになっていった。
リアルな営業活動とブログ・資料検索ページ・メールとの連携が進んだことで、自然発生的なコミュニティーが増加。日報検索システムを連携させたことによって営業活動分析が充実し、管理職の利用も促進されたという。
日立コンサルティングでは、人的なつながりと知識の蓄積を実証するための実験として、07年1月から日立総合計画研究所が運営する「ミネルヴァの梟」と名づけられたイントラSNSを活用。08年3月の実験終了時点でのユーザー数は約4500人に拡大し、日記は1日平均約100件、コメント投稿数は400〜500件、コミュニティー開設数は約300件となった。
日立コンサルティングのアナリストの枝松利幸氏は、「広範なジャンルの書き込みと活発な議論が行われたことで、職制を超えた個人同士のつながりや、グループ会社を含め50以上の組織からフラットなコミュニケーションが生まれた」と評価する。
また、EGMは単なるシステムではなく、人と人とのコミュニケーションを促進するサービスだとする枝松氏は、「ユーザーに気持ちよく利用してもらうためには、運営者はレストランのウェイターになったつもりで接するべき。それができれば、大した機能は必要ない」と断言する。
EGMの育成・存続には適切なマネジメントを
NTTでは、「知恵の和」と名づけた社内SNSを通じて成果を生み出そうとしている。
その目的は、組織・立場を超えた自由な情報・意見交換が定常化すること、およびそれを契機とした目に見える成果を生み出すこと。
「当初は、裾野を広げればEGMの活動が深まり、目に見える成果が出ると考えたが、実際はそれでは不十分で、組織の関与が必要だと判明した」と語るのは、NTTの研究企画部門でコミュニティー推進担当を務める池内哲之氏。EGMの育成・存続・発展には適切なマネジメントが求められ、コミュニティーにはリーダーの存在とフェース・トゥー・フェースの支援が重要だという。
そこで知恵の和では、アイデアをビジネスに結びつけるための手順を規定し、ポイントごとにファシリテーターがサポートする「アイデア実現プログラム」と、研究者が開発したソフトウェアのプロトタイプを社内で使用する場を提供し、そこで社員の意見を集める「ソフトウェア公開プログラム」の2つのプログラムを用意。研究者からは非常に好評だという。「ボトムアップでサイトを立ち上げ、その後トップダウンに切り替わり活用が拡大していくことが必要」と池内氏はいう。
企業間の垣根を超えてEGM同士の連携へ
ところで、社内SNSではネガティブな発言で場が荒れた場合、即削除か放置か、管理者はその対応に難しい判断を迫られる。
「J&Jでは匿名を認めているため誹謗・中傷は出ているが、削除の判断はファシリテーター次第。荒れても誰かが軌道修正し、あるいは自然に終息していく」(戸上氏)といった意見や、「NTTでは会社に対する批判については何も介入しない。インターネット上のコミュニティーと同様の対応でよいのではないか。場が荒れても、別の参加者が別の投稿を重ねて、批判的な投稿部分を見えなくしてしまう」(池内氏)など、自浄作用を指摘する企業もある。
その一方で、「NECでは批判を前向きに受け取り、改善に向け削除しない方針。だた、後に管理者が投稿者と飲みに行き、『そんなことを書かれると困るんだよね』と諭すケースもある」(福岡氏)といった苦労や、「日立グループでは、社内習慣の批判をきっかけに改善した例もある。批判はすぐ消すのではなく、それがどれだけ合理的なものかをユーザーが判断するといった組織の健全性を尊重すべき」(枝松氏)という意見もある。どの企業も、基本的に規制は最低限度に留めるようだ。
今後、EGMはどのように発展していくのか。まずは社員が自由に情報発信する文化を醸成することが必要だ。しかし、いずれは販売代理店や協力会社、ビジネスパートナー、先進顧客、果ては株主にまでEGMの利用が広がっていく可能性もある。
福岡氏は、それが実現したらどんなイノベーションが起るのかを思い描くことも大切だ」と期待をこめて語る。
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