アニマルスピリットで行け――元産業再生機構COOの日本再建論:世界で勝つ 強い日本企業のつくり方(5/5 ページ)
産業再生機構のCOOとしてダイエーの再建などに携わり、最近では「JAL再生タスクフォース」にも加わった経営共創基盤の冨山和彦社長に、日本企業のアジア展開について聞いた。
首相だったらどうする?
ITmedia 冨山さんが国のトップだったらどうしますか?
冨山 まずは正直に本当のことを言うでしょうね。このままだったら、日本国民は等しく貧しくなります。日本は食料もエネルギーも輸入に依存しているので、貧しくなると食えなくなる可能性があります、もしかすると昔みたいに(編注:100年ほど前に多くの日本人がブラジルやペルーに移民した)移民しなくてはいけなくなるかもしれません。それも1つの選択です。それでも等しいことを良しとするのであれば、分配型の政策をやりましょうといいます。
「それは嫌だ、今の豊かさを守りたい」というなら、成長戦略を進めましょう。それには競争力を高めるしかありません。貧しい国が極めて人間の本能に近いところであるアニマルスピリットで頑張っているわけですから、それに負けないような競争力をつけるべきです。競争力を高める方法は、単純です。訓練と競争。もちろん楽なことではありません。楽はしたい、でもみんな等しく豊かでありたいというのはありえません。さあ、どちらの方向に向かいますか、と問うでしょう。
どの道、今の調子で国債を刷るつもりでいるとしたら、日本はあと5年くらいしかもちません。そのうち道路も直せなくなりますよ。それでも国債を刷り続ければ、アルゼンチンのように国債が償還できなくなり、デフォルト(債務不履行)起こして円が暴落するでしょう。
日本の国債は引き受けているのが日本人だからいいと言う人もいますけど、それもリアリティを知らない話。実際に家計にはもう引き受ける余力はありません。家計の1500兆円に対して借金はネットで1000兆円、既に地方と合わせると700〜800兆円くらいは引き受けています。それに、実際の需給は、実需だけでは決まりません。日本の国債が下がると思えば、ヘッジファンドが空売りを仕掛けてくるわけですから、暴落します。実際、今回のリーマンショックでそれが起きたのです。
だから実際には国債が償還できなくなることが見えてきた時点で国債は刷れなくなる。そこで本当にデフォルトを起こしてしまうと、円安に振れてインフレが起こる。景気が悪い上にインフレということになるのは、当然望ましいことではありません。
でも、等しく貧しい社会でいいならそれでいい。「江戸時代みたいにのどかな時代が良い」みたいなことをいう人がいます。確かに江戸時代の労働時間は1日3、4時間程度だったらしく、楽しいかもしれませんが、GDP換算すると今の300分の1程度です。しかし、実態はというと、平均寿命は四十歳代、盲腸でも助からない、乳幼児も3割くらいは死んでしまうような時代だったわけです。現代人が江戸時代に戻ったら実際には半年も住んでいられないでしょうね。でもそこは選択です。それでいいなら構わない。
日本のモデルともいわれるスウェーデンやデンマークなどの北欧諸国も、日本人が思っているのとはまったく違う社会です。企業間競争では血も涙もありません。会社が倒産しかけても、決して国は手を差し伸べません。中小企業は倒産してほとんど残っていませんし、解雇も原則自由です。こうした極めて厳格な競争社会だから、一定の確率でみんなに不運が訪れる。だから社会保険で政府が救うのです。この2つで成り立っているわけです。今回だって、米国はGeneral Motorsを救ったけど、スウェーデンはSaabを放置したでしょう。
会社は終身雇用で社会保障も一部代行しています、雇用保障もしています、運悪く失業したら国が救ってあげます――そんな優しい国どこにもありません。ユートピアは成り立たないのです。民主政治というのは、民度が低くて政治家のレベルも低いと、都合の良いことを言って回るようになります。民主党だけではなくて、小泉さん以降の自民党もそういう傾向がありました。小泉さんのやったことは当然善し悪しがあるけれども、少なくともそういう嘘、都合の良いことは言っていませんでした。
残念ながら成熟した経済社会においては、もはや特効薬はありません。日銀が量的緩和をしたからといって今のデフレは終わらないだろうし。「時間をかけて努力をして社会システム全体を作り変えて、個人の競争力を高めることをしないと所得はもう増えませんよ」というのが正しい。国としては国民がそれを選択するのであれば、「自助努力を促す仕組みは提供しますが、最後はあなた次第でしょう」というのが正しいのです。
政治であれ、経営であれ、時代の転換期とかパラダイムが変わるときはリーダーが大事です。今は本当のリーダーが求められているのです。くどいようですが、都合の良いソリューションはありません。今はまだ豊かだし、貯蓄もあるから、さまざまな問題にふたをすることはできる。でもそれでは本質的な解決にはなりません。ふたは開けざるを得ないのです。
そうすると必ず不都合なことが出てきます。そこから逃げない、真正面から対峙(たいじ)できる人物が求められています。こういう時に完全無欠なエリートはトップに向きません。なぜ完全無欠かというと、一度もふたをあけたことがなかったからです。アニマルスピリットを持って、タフで貪欲で、オープンマインディッド。時代はそういう人を求めていると思います。
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