捨てる事業と新規事業に無関心な無能経営者:生き残れない経営(1/3 ページ)
「捨てる決断」をした近年の快挙は、Appleだ。2001年、従来のOSを捨て、新OS「OS X(オーエステン)」に切り替えた。その後のiPadの成功が、Appleの「捨てる決断」の正しさを証明している。
「昨日を捨てることなくして、明日をつくることはできない」(P.F.ドラッカー)
「捨てる決断」をした近年の快挙は、Appleだ。2001年、従来のOSを捨て、新OS「OS X(オーエステン)」に切り替えた。コンピュータのOSの全面切り替えは、大きな賭けである。その後のiPadの成功が、Appleの「捨てる決断」の正しさを証明している。
しかし実に驚くべきことだが、捨てる事業を選択し、一方で新規事業を立ち上げることを決断し、そのために資源を投入しようとすることに無関心な経営者が余りにも多過ぎるということが、筆者の実務経験やコンサルティング経験から言える。
捨てる事業や新規事業について必要性を感じていないとか躊躇(ちゅうちょ)しているとかというのなら、その前に一旦はテーマとして意識したのだろうからまだ救いがあるが、どうやら彼らの多くは、捨てる事業にも新規事業にも最初から関心がないようなのである。
なぜか。アンケート調査などが手元にないので統計的根拠があるわけではないが、実務経験から推測されることは、(1) 自分の代のことだけを考え、次世代のことを考えていない、(2) 失敗したくない、(3) 新陳代謝を考えることが煩わしい、からだろう。
企業も生物も、新陳代謝が適切に行われないと生きることも成長することもできない。新陳代謝に無関心な経営者が率いる企業は、成長どころか、生き延びることさえ叶わない。
「昨日を捨てること」「明日を作ること」が如何に難しいか、そして経営者たちがどのように考えているのか、経営の現場の実態を垣間見てみよう。特に「明日を作ること」に躊躇なく取り組んだ、偉大な経営者についても紹介したい。
音響機器メーカーアイワが、明日を作り得なかった好例である(日本経済新聞’10.11.9.)。
「円高はどんどん進む。法人税も高い。政府は当社を日本から追い出しにかかっているとしか思えない。海外移転は資本の論理からして当然である」
1ドルが80円を切った1994年、音響機器メーカー、アイワ卯木肇元社長の歯切れの良い発言だ。今の苦しむ企業を、代弁しているかのようでもある。98年アイワの海外生産比率が90%に達し、業績も伸びた。しかし、付加価値を高める企業努力が後手に回った。ミニコンポをはじめとしたアナログ製品の海外生産にかけて一時大成功したアイワは、半導体やインターネットなど次世代技術を研究する動機に乏しく、デジタル家電の技術に通じた人材の育成に心が及ばなかった。
某家電メーカーA社は、高収益率の大型家電品から、ジューサーミキサー、シェーバー、電気歯ブラシなど小物に到るまで、何もかも製作していた。系列の家電販売店での品ぞろえ陳列が必要だったからだ。製造の型も古くなり、評判もいまひとつの小物家電品は大赤字なのに、経営者は内製にこだわり、競合メーカーにOEMや製造委託で製作依頼するなどという発想についぞなることなく、昨日にしがみつき続けた。昨日にしがみつく経営者は、明日のことを考えないものだ。A社の場合も、明日の柱となる製品は育っていない。
某情報システムメーカーB社のマルチメディア事業部は、いくつかの新分野製品を抱えていたが、記録メディア製品が赤字で悩んでいた。あるとき本社業績会議で、社長から「赤字製品は止めろ」と気合を入れられた事業部長は、オフィスに戻るや「記録メディアは止める」と叫び出した。新分野事業部として立ち上げてまだ3年、発展途上でもあるし、現有製品を止めるということはそこに関わる間接員や関連間接費用の処置の問題もあるし、多くの問題をはらむ。
ライン部門の経験がないまま、スタッフ部門から来た新任事業部長の消化不良の指示に、製造、営業の現場は混乱した。昨日を止めるにしても、止めるルールというものがあるし、一方で明日への見通しを持たなければならないのに、当該事業部長は、昨日に対しても明日に対しても、明確なビジョンを持ち合わせていない。ただ「社長に赤字は罪悪だと言われたから、止めるのだ」。およそ経営者ではない。
以上はいわゆる反面教師の例だが、明日の準備を周到に行った優れた経営者の例がある。
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