イノベーションを連鎖させるためのマネジメント──その1:Gartner Column(1/2 ページ)
人を動機づけするには、人間本来の創造性を引き出す必要がある。効率や生産性を重視するあまり抑制していないだろうか。自らの能力を最大限に引き出すことができる環境を用意する必要がある。
「自動車の自動運転」や、Google Glassを超えてコンタクトレンズにICチップが搭載されるなどのニュースが普通に見受けられるようになり、デジタル社会の到来が誰の目から見ても明らかに理解できる。このような社会で、生き残っていくために経営者が「イノベーション」に期待するのは必然だ。しかし、イノベーションは、かけ声やただひたすらに祈っているだけでは生まれない。当然のことながら連鎖的に起こり得るということもない。それでは、イノベーションを起こすためには何が必要となるのか? 多くの経営者は、「優秀な人材が必要」と答えるのだが、マネジメントに起因する要因を見落としてはいけない。
イノベーションの芽を早々に摘んでしまう原因
イノベーションの芽を早々に摘んでしまう方法とは、イノベーションを一連の機械的なプロセス・ステップとして扱って設計・計画することだ。事実は、大半のイノベーション・プロジェクトが、当初意図した成果を挙げていないということだ。主な原因は、マネジメントサイドが人間の心理的側面を見落としているからだといえよう。イノベーションは他のビジネス課題とは異なり、分析や体系的な組織編成によってのみ対処できるものではない。イノベーションの成功に必須な要因は、企業レベルで有意な価値創出に取り組むと同時に、人間のもつ創造性やパーソナリティ、内発的動機づけ、行動変化といった「曖昧かつソフト」な側面も巧妙に駆使することが必要である。
ガートナーでは、イノベーションを「新たなビジネス価値を創造するアイデアを実装すること」と定義している。イノベーション連鎖(Serial Innovation)とは、企業内でイノベーションが持続的に繰り返し起こる状態を指す。一度限りの「英雄的尽力」を意味するものではない。イノベーション・プロジェクトを推進するリーダはえてして、求める品質と速度でイノベーションを達成できない。イノベーションを増進させる仕組みとして設計したプロセス(例:アイデアの創出、優先順位付け、評価、開発、実装、商品化)に忠実に従っているにも関わらず、である。このようなプロセスが有効なこともある。
しかし、持続的に取り組んでいたイノベーション・プロジェクトが頓挫するのは、こうしたプロジェクトに参画したいという人の強い欲求と意欲、つまり、イノベーション心理に大半のマネジメントが適切に配慮しないからである。CIOとビジネス・リーダは、もっとイノベーションの成功を享受できる。ただしそのためには、「イノベーションの心理学」を適用し、優れた成果が一貫して生み出される環境を用意する必要がある。図1に、イノベーション・プロジェクトを心理的に妨害してしまう「よくある方法」を列挙した。貴社はこのうちいくつに該当するだろうか。今回は、これらの一般的な悪習慣を回避し、イノベーションに必要な動機づけをスタッフに与える方法を解説したい。
大半の組織でイノベーションが起こる前からその芽を摘み取っている
イノベーションを阻む最大の障壁は、人間の心理である。イノベーションを成功へと導くリーダがすべきことは、それを担う人の行動に働きかけるということであり、単にイノベーション・プロセスを設計するということではない。この点を全てのマネジメント、ビジネス・リーダは認識する必要がある。日本では、当初からしっかりしたプロセスを設計することは稀有だが、コスト抑制・統制のためにルール作りは、異様に厳格なことがある。
心理学的には、イノベーションを促進させるポジティブな側面と、抑制するネガティブな側面があることが知られている。「恐怖心」「無気力」「惰性」「NIH症候群」などのネガティブな側面はイノベーションを阻害しうる一方で、「動機付け」や「勢い付け」といったポジティブな側面はイノベーションを開花させることができる。こうした心理的要因にマネジメントやビジネス・リーダが、意識的に対処することで、イノベーションの成功率が高まると考えてよい。
従業員のイノベーション意欲を刺激する: 動機づけの心理学
「動機づけ」は、人間に行動を起こさせる力である。イノベーション意欲を高めるには、「目的」「期待」「安心」「アイデンティティ」が必要である。スタッフにイノベーションを起こしたいという気にさせることが、最初のステップである。人を動機づけするには、人間本来の創造性を引き出す必要がある。こうした創造性は、効率や生産性を重視する伝統的な企業文化によって抑制されている場合がある。また、スタッフに自らの能力を最大限に引き出させ、定番のリスク回避行動を打破させることも重要である。これが自然に起こることはない。
人間に行動を起こさせる主な原動力は、「期待(自分には何が期待されているか)」である。これは業務においても同様であり、イノベーションを起こすことが期待されていなければスタッフがイノベーションを起こす可能性は低い。リーダはスタッフの動機づけに注力すべきである。具体的には、明確な目的意識を伝えること、失敗や実験的挑戦を許容する環境を用意すること、個人やグループのアイデンティティ(自我同一性)をイノベーションと密接に結び付けることを実践すべきなのである。
目的
言うまでもなく、イノベーションは目的を達成するための過程・手段であってそれ自体が目的ではない。したがって、スタッフのイノベーション意欲を高めるには、「さぁ、イノベーションを起こそう」という単なるかけ声を超えた明確なゴールを示す必要がある。スタッフの価値観にうまく働きかけ、自分の時間とエネルギーを投じるに値すると思わせるゴールを伝達する必要がある。これが、スタッフを動機付けする上で極めて重要なことは明らかである。スタッフが目指すべきゴールは、マネジメントサイドにとっても重要だと見なされなければならない。その上で、スタッフの価値観に働きかけて参加したいと思わせるものでなければならない。イノベーションは基本的に自発的な行為である。したがって、高品質なイノベーションとはイノベーション・リーダがスタッフに強要できるものではない。
「目的」を理解する段階では、チームの情熱をかきたて、企業にとっても妥当かつ共有し得るゴールを選び出すことがイノベーション・リーダの役割である。設定されるゴールは、「奇抜なこと」が望ましく、「挑発的」であれば更に良いだろう。スタッフに1つのビジョンの下に結集するよう働きかけるために、ビジョンに命を吹き込む。例えば、大胆に設定した目指すべきゴールに到達した日、どのような変化が起こるだろうか? それをストーリー仕立てで説明し、イノベーションの価値を分かりやすく示してみる。ガートナーの調査でも、世界的なイノベータは、とてつもなく奇抜で挑発的な目標を設定し、チームを牽引してきたことが明らかになっている。(参照レポート「『イノベーションの達人: 世界で最も革新的なイノベータからCIOが学べること』」)
期待
期待される行動は即座に実行に移される。イノベーションを期待していることをリーダがチーム・メンバに伝達していれば、メンバはリーダの期待に沿って行動を変えようという気になるに違いない。実際、心理学的調査でも、人にイノベーションを起こすよう伝えることは、他の何より人のイノベーション行動を左右する。つまり、リーダである自分はイノベーションを期待していること、自分にとってイノベーションは重要であるということを明確にするのである。本レポートでは、業務における個人のイノベーション意欲を高める要因を調査したメタ分析研究を引用している。この研究は、個人レベルでイノベーションが起こることを示す最大の予測因子は「役割期待」であるとしている(図2参照)。
つまり、自分にはイノベーションに携わることが期待されていると個人が確信している場合、この個人は自分の時間とエネルギーをイノベーション行動に投じる可能性が高いのである。この研究によると、個人レベルのイノベーションを示唆する2つ目の重要な予測因子は、「自己効力感」である。「自己効力感」とは、自分は創造的になれるという個人的信念を指す。世間一般の通念に逆らっているが、予測因子としての「創造的パーソナリティ(人格)」の重要性は「役割期待」や創造的な「自己効力感」よりも圧倒的に低い。
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